冗談のふり


マスタング大佐に従うようになって、もう何度目かわからぬ二人だけ
の夜勤。
それ自体は珍しいことじゃないが、ここしばらくはまるで狙ったかの
ように俺がデートをしようと予定たてていた日程にぶつかっている。

単なる偶然か、そこはかとない悪意か。
…急なシフトチェンジだとか、たまに自由だと油断したときに限って
はいってくる大佐の残業見張りだとか、休日出勤だとかの回数を指で
数えては足りないぐらいなんだから、…悪意だと判断できなくもない。

いやいやそんなバカな
幾ら大人げない顔と性格と立ち居振る舞いだからといって、俺のデート
を狙って邪魔するなんて、………ありえないとは言い切れない。

フトモモ派とボイン派と、お互いに譲れぬ主張があるのに、何故か俺
と大佐の好みは被るのだ。

何がやっかいかと言えば、無意識の好意だ。
例えば俺がいいなと思った子との、デートが成立したとする。
…そうすると、東方司令部が存在するここは狭い町なのか(セントラル
を知らぬ俺にとっては、充分大きい街だけど)、女性が好みそうな
場所に大佐が出現することが多いのか、2〜3回目のデート中にほぼ
大佐と出くわすのだ。
ばったりと出くわしてしまったら、挨拶をしない訳にはいかない。

そうすると、大佐は爽やかにかつ紳士的に、俺のデート相手を褒め
あげる。多分、好みなのもあるんだろう、俺が絶対口に出来そうも
ない甘い言葉をちりばめての挨拶に…彼女の心はイチコロだ。

しかも気遣いなのか「女性への応対は少し不慣れかもしれないが
ハボックは仕事中は有能なのだよ」と普段は聞けないような俺への
リップサービス込とくる。

恐る恐る横下を覗くと、彼女の目が語っている。
――ああ、軍上層部にいながらなんて気さくで優しくて、部下思いで
素敵な人―

結果、「あなたはとても良い人なの でもごめんなさい この思いが
叶わなくても…私はマスタング大佐が好きなの」
とさようならを告げられる。

「ハボック 何をしているんだ」
早く印鑑を押してくれだとか、サインだけでも先に済ませてくれと
俺が口うるさく言っていた分の書類が、大佐の机に重なっていた。
回想にふけっていた俺が、それに気付かなかったのでいぶかしく思っ
たらしい大佐が、いつのまにか自分の机を離れ、わざわざ俺の前に
立ち指差している。

「…こっちに来るならついでに書類を持ってきてくれてもイイんじゃ
ないっスかね」
「座ってばかりで退屈そうだから、わざわざ立つ機会を作って
やったんだ」
ふふんと得意げに返す大佐は……俺のデート時に遭遇するエセ紳士
ぶりが微塵もなく、ガキ大将のようだ。

「退屈なんじゃなくって考えてたんス」
「何をだ」
「大佐がことごとく 俺のデートの前に現れてきたり俺のフリー時間
に急な残業をつっこんでくるのは……」
「くるのは?」
「実は俺のことを愛していて 他人とデートさせたくないからだったりしてー」

…勿論、冗談のつもりだった。
「そんな訳あるか バカ」と頭をひとつ叩かれて、俺は笑いながら
書類をもって情報課にそれを届ければ、今日の仕事はそれで終わり。
「お先に失礼します」と挨拶をして、そのまま仮眠にでもいけたのに

――なんで大佐、口をへの字に真っ赤に立ち尽くしてんの?

「……えっと……大佐……?」
「ば、ばば莫迦な…こと………言って…あっ違う…いやっその…」
くるりと俺に背を向けた大佐は、大股で自分の机に向かうと書類を
鷲掴みして、またUターン。
そのまま俺の前に戻ると、書類を胸元へと押し付けた。

「サインも捺印もしたっ!もってけ!」
「あの……」
「今日の仕事は終わりだっお疲れ様だなハボックっ!お休みっ
さ・よ・う・な・ら!」

どう反応していいのかわからない俺の背中に廻った大佐は、ぐいぐい
と全体重をかける勢いで俺を押して、部屋外へ追い出した。
扉がしまった音と同時に、鍵がかかる音もした。

「えっ…と……」
俺のコート、席にかけたまんまなんだけどだとか、そのコートに財布
も入れっぱなしだったよなと、歩きながら考える俺の心臓はバクバク
いって、顔は熱い。
明日の朝、大佐にどう挨拶しよう。

そう考える俺の脈拍数は高くなるばかりで、答えに一晩悩みそうだ。