馴れ合いと馴れ初め2


 「ハボック 確かお前これを欲しがっていたな やるぞ」
 ロイが取り出したのは、ドッグタグ。
まだ何も彫られていないそれは、素っ気の無い金属製の小さな板で
しかないが、ミリタリー系の専門店が創立何周年かの記念に特別限定
でデザイナーに作らせたとかいう代物で、現在プレミアムがついて
高値となっていた。
 NAMEの箇所は模様が刻まれ鍍金が施され、四隅に楕円に開けられた
穴は黒い環で補強されているという小さな洒落っ気が、飾ることを否定
する男達にも受け入れられたのが、理由だろう。

「え!?いいんスかっ」
「ああ 頂き物なのだが…私向きではないし何よりネックレスタイプ
の物は首が拘束される感じで苦手なのでな」
 そういってロイがかすかに持ち上げた上着の裏には、しっかり姓名
が刻まれた金属タグが縫いこまれていた。
軍人として、いかなる時にどのような事態に巻き込まれるかは予測も
つかぬので、屍となった際の最後の形見…もしくは身分を示すのに
名前や階級が刻まれたドッグタグは、必需品だ。

「大佐ってそういや 優男とか伊達男とか言われる割にはあんまり
アクセサリー類身に付けないっスね」
 軍服姿は勿論、私服姿でも…服を脱いだ時にもロイが装飾品を
纏っていた記憶が無いハボックが首をかしげた。
「……なくすからな」
 大変な説得力を持ちかつ簡潔なロイの返答に、思わず吹き出した
ハボックは、切れ長の瞳にじろりと睨まれる。
「手袋より焔の錬成陣刻んだ指輪なんかどうっスか? ちょっと火花
出るように細工しておけば 便利でしょ」
「…軍服を脱いだ時まで 好んで人殺しの道具を纏っておかずとも
よかろう」
苦笑とも自嘲ともつかぬ薄い笑いを浮かべたロイに、しまったと
ハボックが内心で眉を顰めるが、それは表に出さず黙っていると
「…それに指輪を付けて手を洗うと その下にだけ黴菌が溜まって
いそうで嫌だ」
とロイの本音が続いた。

「…大佐って綺麗好きなのか無精モンなのか時折解らないっスね」
「何を言うか きっちり線分けができているではないか」
「…どこが?」
普段の身なりは綺麗だが、面倒な洗い物は捨てるだけ・汚れたら新し
い服を買えば良いという行動と、ロイの部屋の現状を知っているハボ
ックが呆れ声で訊ねてもロイは生真面目な顔のままだ。

「人間埃では死なんが 細菌類では下手したら死ぬ」
「…なるほど でもホコリとかって黴菌とかカビとか増殖しやすい
んじゃないっスかね?」
「危険性で言うなら調理場や風呂場の方が埃などよりよっぽどだ」
 そういや大佐の部屋は汚いのに、風呂場やキッチンはそれなりに
清掃されていたっけと記憶を辿るハボックは、それならば汗塗れで
現場作業をする事が多い自分が、ネックレス方式のドッグタグを身に
着けているのは気にならぬかと疑問が湧いた。

「お前はこういった武骨なアクセサリーが似合うから 構わないし
…気にならない」
 ふいっと横を向いて答えるロイの様子に、違和感を抱いたハボック
が手渡された限定品に刻まれたシリアルナンバーを見て、にっこり
笑った。

「大佐 これ貰ったんじゃなくて苦労して手に入れてくれたんスね
すっげぇ嬉しいです」
「なっ…何を言って…」
「だってわざわざ探してくれたんでしょ 番号が0061のヤツそれとも
…これをロイと読むのは俺の自惚れ?」
 そう言ったハボックが、手にした箱に小さく口接けをすればロイの
頬は見事なまでに、瞬時に紅く染まる。

「……普段鈍いくせに お前はヘンな所だけ嗅覚が鋭い」
「愛するご主人様に関しては 俺はいつでも鋭いっスよ アンタの
名前が刻まれたこれ…一生大事にしますから」
 そう言ってワンと犬の鳴き真似をしたハボックが、ウィンクをすれ
ば、ロイはまだ顔を僅かに赤くしたまま手招きをした。

「何スか?」
「お前にやったものだから好きにしろ 捨てようが一生大事に持とう
かは …それは貰った者の権利だ」
 
 せっかくだから付けてやると箱を受け取ったきり、無言になった
ロイの行動を不審に思ったハボックが、手元を覗けばチェーンの留具
が外れず奮闘している様子が映る。

「大佐 俺が外しますからソレ貸して?」
「…変な所で不器用だと思っているのだろう」
 むすっとチェーンを差し出すロイに、
「違いますよ ご主人様のお役に立てるって尻尾振ってるアンタの
犬を怖い顔で睨まんで下さい」
と、ハボックは笑って鎖を受け取った。