馴れ合いと馴れ初め


 初めは、同性同士のスキンシップというのを単に嫌っているだけ
かと思っていた。
跳びつけば露骨に嫌な顔をするし、肩に手を回せば鬱陶しいと呟かれ
腰抱きなんてしようもんなら、気色悪いと容赦の無い蹴りが入る。

 だけど、大佐をよく知ればそれは表面に出さないだけの照れ隠し
なのだと、解るようになった。
一定の線内に入れぬもの…例えばくじ引きなどで、偶然組んだだけの
関係だとか、仕官学校時代に顔を知っているだとかの程度の相手が
同じことをしようとすれば、薄く笑ってさりげなく手を外させるし
たいていの場合は後ろにも目が有るんじゃないかというぐらい、俊敏
に…それでいて逃げたと悟られぬよう、見事に身をかわしニッコリ
笑って雰囲気を盛り上げる言葉を吐いて、終了だ。
あの手際は、相手に触れられたくないと思っているなどと微塵も疑わ
せぬ態度で、流石というか見事というか。

 それではとそれとなく、異性に関してはどうだろうと雑談に紛れ
尋ねてみれば…どうやらそちらもベタベタしたオツキアイというもの
は好まないらしい。
「…野郎の汗でべたついた体だとか かさついた手が嫌だというの
なら何となく納得いきますが…大佐女好きなのに?」
「人を色好みかのように評するな 私は女性の繊細さや物腰、温かい
強さというのを尊重しているだけだ そういった相手から好意をうち
あけられて無碍に対応できるはずもなかろう」
 数々の浮名を流してる上、実際彼女を取られただとか告白した子
が大佐を好きだと断ってきただとかの騒動を目にしている身としては
迂闊に同意をしがたいのだが…何となく納得できる所は有りだ。

 大佐とデートしたことがあるという女の子に、さりげなくどこが
俺らと違うのかを尋ねてみたらまず返ってきたのが
「だってマスタング大佐って ギラギラしてないんだもの」
…デート=できるだけ進めるトコまで進みたいと欲望漲らせた男ども
なんかと格が違うのよねと続けられ、僻みフラれ男達の立場からは
それは枯れてるんじゃねえかとか、雄の本能的に間違ってるなど陰口
を叩かれていたけれど…まあ生き物の本能レベルでいうなら、捕食
されてしまうかもしれない身からしたら、安心できる方に流れてしま
うのは当然だろう。

「あーじゃあこういうの、嫌いっスか?」
 プライベートで二人きりなのをいい事に、大佐をがっしりかかえ
俺の両脚の間に座らせる。
大佐の背中を俺の胸元にくっつければ、薄いシャツを通してじんわり
と体温が伝わってくる。
「…お前の行動には脈絡がない」
「え?俺的には充分繋がってるつもりですよ 大佐が女の子ともベタ
ベタするのが嫌なら…俺のこういう行動も内心疎んでるのかなって」
「そんな事はない」
「じゃあ好き?」
「……嫌いじゃない」
素直じゃない大佐の、『嫌いじゃない』は好きという意味だ。
人前でないからだろうけれど、うざったいから離れろと切り捨てられ
なかったのが嬉しくて、ぎゅっと腕の中の大佐を抱き締めたら、振り
返った大佐は少し困った顔をしていた。

「あの…だなハボック 私は幼い頃からあまり家族や周囲とスキン
シップの有る過程を過ごしていないので …こういう時どんな態度を
返せばいいのか解らんのだ 少々特殊な環境で…年上の女性ばかりに
囲まれていたからかもしれんが」

――大いに納得。そんな環境で育ってちゃ、男に触られるのを無意識
に忌避するわけで、女性へフェミニストとして振舞うのが通常となる
はずだ、うん。無意識に人の盾になろうとして、自分が護られる立場
でいようとしないのも、そんな育ちに理由があるのかも。

「大佐 こうやって俺がくっついてるとどんな感じ?」
「…あったかくて安らぐ」
 …自惚れるつもりはないけれど、それって俺の腕の中が気持ち良い
って言ってくれてるって取っても、…勘違いじゃないよなこの言葉。

 迷惑に思われてるかもの心配はあったけれど、とりあえず押せ押せ
で攻めてみて拒否されながらも付き纏って、やっと手に入れられた
この立場と幸せと、優越感。

 本当は大佐に「もっと打ち解けた様子みせれば ヘンな噂とかたた
なくなるのに」なんて言おうとしていた俺は、やっぱり大佐のこんな
顔や言葉を誰にも見せたく聞かせたくないと、心狭い恋する男に変じ
て無言で頭を大佐の肩口へと擦り付けた。

「…くすぐったいぞ ハボック」
笑いを含んだ声で、こういう大佐は多分俺の行動を脳内で大型犬の
じゃれつきとでも捉えているのだろう。
――油断されまくっているこの状況は、男として幸せなのか忍耐を
強いられているのか。
 ひとまず幸せを噛み締める方面に専念することにした俺は、脳裏の
疑問を拭い捨て、大佐を抱き締める力をそっと強めた。