出向く刻


交代で休憩を取っているはずだけど、その間も何かこの人はやらかして
いるらしく、復帰の時刻だとノックをして呼び出してみたら目の下の隈は
濃くなっていくばかりだ。
そろそろ無理やりにでも眠らせないと、限界来てるんじゃないかと携帯食
に口を付けるフリすら止めた大佐を見て、俺と中尉が目配せを交わす。

「大佐 こっちは目処ついたんで少し休んでください」
中身が零れそうになっていたコーヒーカップを取り上げ、立ち上がるよう
促すと、大佐はのろのろと顔を上げた。
「…さっきまで休んでいたから平気だ」
「寝転がって作戦やら地図でのルート確認をしてたのなら それは休んだ
とは言いません」
「……」
無言になるあたり、心当たりがあるのだろう。
「アンタね、普段すぐにサボりたがって寝てるんだから部下一同が揃って
休めと言ってるときぐらい休んでください」
口には出していないけれど、ブレダ達だって大佐がそろそろヤバいだろう
とは気付いてる。
その証拠に、俺達のやり取りを見守る視線はゴタゴタを咎める様子でなく
心配げで、俺の行動に同意を示していた。
「私が大丈夫と言ってるのだから大丈夫だっ 眠くないし平気だ!」
「…はーいテイクアウト マスタング大佐いっちょ仮眠室に運びま〜す
 反対の方ー?」

大佐が大人しいのを良い事に、幸いまだ体力に余存がある俺は大佐の腰
を抱え立たせ、膝を掬い姫抱っこをして振り返る。
「では仮眠室送り 賛成の方ー?」

睨みつける大佐から、気まずそうに視線をずらすのはフュリー一人で
他の面子は涼しい顔のまま、俺の続く言葉に挙手した。


「下ろせっ バカッ!おーろーせーーーっ!」
「大声出すと注目浴びるだけっスよ」
持ち運び最中の大佐が、腕の中でなんとか逃れてやろうと身を強張らせ
わめくのを軽くいなすと、ようやく周囲の注目を浴びていることに気付いた
大佐は慌てて口を噤み、代わりに無言で睨みつけてきた。

そんな悔しそうな表情は、可愛いだけだってのに。
仮眠室のドアを開けた俺は、扉を閉じる瞬間に心に耳栓をして大佐の罵声
を受け流すべく、小さく深呼吸をした。
さあ、罵詈雑言をお好きなだけどうぞ。幾ら何を言ったって聞き流します
から。一般市民がまきこまれる「かもしれない」事態は俺らでも防ぐ努力
できますけれど、アンタが倒れちゃ誰も代わりはいないんだ。

だが返されたのは、予想に反しポソリと呟く感謝の言葉だった。
「…あのままでは現場で倒れ 中尉を心配させたかもしれんな…すまない」
いっそあどけないと表現したくなる素直さは、自分たちの前でしか見せない
顔だろう。

「…いいえ ただ覚えといてくださいよ 中尉だけじゃなく俺らだってそれ
以外の部下達だって皆アンタが頑張ってるのは知ってます ただそれを
見て倣って、全員が無理していざという時使い物にならなくなったら意味
ないでしょう? それこそ無能のやることだ 雨の日以外まで無能呼ばわり
なんてごめんでしょう ねえ大差」
「…上官になんて言い草だ」
「使い物にならない上官なんて 部下からしてみりゃ寒い日の濡れたマッチ
より やっかいっスよ」

わざと揶揄する言葉に、睨み返す目付きももう眠たさで限界のようだ。
「お休みなさい」
軽く肩を小突いて大佐の頭の上にまでシーツを掛けてやれば、数秒後には
静かな寝息が聞こえてきた。

――少しでも大佐の負担を減らせるなら
大佐が眠っている隙に、上が判断迷って保留となってる奴らのアジトに乗り
込んで暴れてでもくるか
こういう時の、俺のカンは外れないんだから…結果オーライにしておけば
大佐の悩みは少し減るだろう

自分に刻まれた嗤いが物騒なものであると自覚をしながら、俺は仮眠室の
扉を音立てぬようゆっくりと閉め、現場へと戻るべく足を進めた。


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6/1ロイの日でマスタン組に愛されロイで