一つの証


酔っ払った勢いで、互いの懺悔大会は始まってしまった。

出会った当時は高慢な上司だと思っていましただとか、お前の作る料理を最初は出来
合いの物を並べただけだと思っていたので、その手間を察してやらずすまなかったの
他愛ない、お互い様なやり取りの筈だった。
が…何故か段々とハボックの口が重くなっていく。

…ほどよい沈黙が訪れ、そろそろ眠ろうかとハボックに顔を向ければ、何を思ったのか
既になかなかの酔っ払い状態だったハボックは、更に濃いウィスキーをグラスに注ぎ
氷を入れただけの状態で一気に喉へと流し込んだ。
「おい…大…丈夫か?」
「はあ…そのスンマセン」
「いやお前が平気なら謝る事じゃないだろう まあお前が潰れても寝室に連れてっては
やれんから自己責任は気にしておけ」

そういえば、以前部下達と飲み比べをして負けてしまい、支払い全額を私が負担した事
があったが…あの場合、仮に勝っても潰れたブレダとハボックの面倒を見なくてはいけ
なかったという訳で…どちらにしても不利な賭けだったんじゃないかと今更ながら
気付く。
ハボックが私を背負うのは楽でも、私がハボックを背負うのは筋トレ並の負荷がかかる
じゃないか、不公平だ。

そんなことをぼーっと考えていたら、真面目な顔になったハボックがソファの上で居ず
まいを正し、背筋を伸ばした。
「あのですね」
「はい」
…思わず敬語口調になってしまったのは、ハボックの目が据わっているように見えたか
らだ、そうに違いない。
自分から声をかけてきたくせに、ハボックはその後も「あー」とか「うー」とか不明
な呟きを繰り返すばかりで、話を進めようとしない。

「俺は…アンタに言わなくちゃいけないことが…」
「…わ、私は別れんぞ!」
「………は?」
「なかなか口に出せなかったとかで…酔った勢いでお前が言おうとするんだ別れ話なん
だろうが!…聞かないからなっ」
「えっ…ちょっ…待ってください!大佐俺と別れ話するつもりだったんスか!?」
耳を塞いで聞いてやらないと首を振れば、私の両手首をがっしり握ったハボックが掌を
耳朶から引き剥がす。

「ちゃんと話を聞けっ!私は別れないと言っているだろう」
「…あ〜よかった……」
…ハボックの反応は、どうも私が意図していたものとは異なったようだ。
「せっかく決意を込めて買って来たのに… これで別れることになったりしてたら俺退役
届け出して泣きながら故郷に帰りますよ」

イタズラ小僧のような、屈託ない笑顔を浮かべたハボックがグラスの横に綺麗にリボン
が掛けられた小箱を置いた。
「私にか?」
どうぞと促されたので、そのまま遠慮なく箱を開けると、入っていたのは細いプラチナ
リングだった。
その造形はサラマンダーを模写しており、瞳に赤いルビー、トカゲの頭と尻尾で環と
なっていて男性用だと分かる。

「なんか…見かけた時に大佐のイメージだなって思って」
後頭部をかきながら、照れくさそうにしているのにつられ、こちらの頬もなんだか赤く
なってしまう。
「結婚指輪は…俺らじゃ普通に無理ですし 一般的な指輪をあげるだけでも、大佐の
立場上付けてたら色々探られるかなって遠慮してたんですが…これだったらちょっと
錬成陣を裏面にでも掘り込んでおけば 色んな言い訳きくでしょう?」
「これを…渡したくて挙動不審だったのか お前」
「普通に渡したかったんスけど…なんだか大佐は指輪とか嫌がるかなあって」

「ふむ…」
自分の中指に付けてみるが、なかなか悪くない。
「そうだな…今度礼に お前に青い石が付いた指輪を探してやろう」
「え!?いやいいっスよ!俺はそういうの付けてたら銃握るのに感覚狂うし何かで
ひっかけたらシャレになんないっスから」
「普段ペンダント代わりにドッグタグと一緒に鎖に通しておけ」
「はあ…いや、気持ちは嬉しいんスけど……」

なぜそこまで指輪に拘るのかと言いたげなハボックに、笑顔返して告げてやろう。
「お前は結婚指輪は無理だと言ったな…無理じゃないさ」
「あ、いや勿論俺だって 気持ち的には全然OKなんスけど!」
「そうじゃない 私が大総統になって法律を変えれば問題なしだ どうかね?」

唖然としていたハボックが、しばらくして盛大に吹きだし腹を抱えた。
「男前っスねえ大佐 ――期待して待ってます」
「ああ その分お前の働きにも期待しよう」
指輪をつけた掌を持ち上げたハボックが、節の上に口付け上目遣いで告げる。
「精進いたしますよ サー」

その顔に、少しばかりの色気を感じたのは、多分私も酔っ払っていたからだろう。
…うん、もう眠いしそういうことにしておこう。
ハボックの方も緊張が途切れたのか眠たげだ。
おそらくこのまま二人で、ソファで熟睡して…明日の朝中尉に怒られるのだろうなと
考えつつ、意識は闇へと沈んでいってしまった。