騙す騙されるハボ編
(ロイ編とは別軸時間のお話です)


「アンタ誰だっけ?」の言葉から始まったハボックのエイプリルフール
どっきり。
ハボックの身を案じ真剣に心配しただけに、他者とのちょっとしたスケ
ジュール確認のやり取りで、ハボックの言動が嘘だと察した瞬間に覚え
たのは安堵でなく怒りだった。

私が騙されていると悟ったと気づいたのだろう、少し気まずそうに…
それでいてしてやったりと言った表情のハボックに腹が立って、幾ら物
解りの良い上官――無論私のことだ――としても仕返しをしたくなる
のは当然の摂理と言うものだ。
「ハボック少尉…民間療法では記憶喪失に何らかの衝撃を与えると
記憶が戻ったケースがあるそうだ」
「へ?」
ぼそりと呟いた私の言葉を、ハボックは間抜けな相槌で聞き返した。
「つまりは……こういう事だっ!」

嘘だと気づいたとまだ口にしていないのを幸い、容赦のない力で治療
と称してハボックの横面を殴るべく右掌を握った。
日頃であれば、大柄でありながら俊敏で打たれ強い頑強な体は、私の
本気の拳を難なくかわし、それでいこちらの怒りが収まる程度に軽く
わざと殴られる。
だが、今のハボックは私の行動がいきなりであったの為油断をしていた
のだろう。

――こちらが驚くほどのクリーンヒットで、握った拳は横っ面に入り
ハボックの足元のバランスは崩れた。

「っつぅ………」
倒れ掛かった体を咄嗟に支えようと腕を伸ばすが、筋肉ミッシリと表現
したい重量級を私が支えきれる筈もなく、ハボックが私に覆い被さる形で
揃って床へと倒れた。
殴られた箇所を抑えるハボックに、重いからどけと命じると返されたのは
「…えっと…俺は今 何をしてるんでしょうか」
と真剣かつ間抜けな答えだった。

私が殴ってお前が倒れたのだと言って欲しいのか、わざわざ言葉で
確認したがるとはマゾかこいつと思いつつ、こちらも少しは上官の余裕
でエイプリルフールに乗ってやるかと、最高級の笑顔で微笑み、床に伏
した状態のままハボックの首筋へと指を走らせた。

「お前は今 上官である私に劣情をもよおし襲い掛かったのだよ」
こう言えば、流石にそれ以上の悪ふざけは慎むだろうとハボックを見上
げる。…何故かそこにあったのは、呆然と魂の抜けた表情だった。

「…ハボック…?」
「お…俺…… 俺…が……?」
「ハボック どうしたというのだね?」
「ちがっ…!いや 俺っ確かに大佐が好きでしたが 無理やりなんて
するつもりは…っ…」
血の気が引いて、支離滅裂に呟くハボックはどう考えても悪ふざけと
いう様子ではない。
「落ち着き給え ハボック」
三度目の名前の呼びかけに、ハボックはようやく今の体勢の際どさに
気づいたのだろう、まさに跳ね避けるとでも言った跳躍で私の上から
退くと、床に額を擦り付けんばかりに土下座をした。

「す……すみませんでしたっ!」
何を言っているのだろう。…まだハボックはエイプリルフールを続けて
いるつもりなのだろうかと、考えあぐね続いた沈黙。
その重さにハボックは耐え切れなかったようだ。
必死の面持ちで顔を上げると、勢い込んで謝罪を続けた。
「俺…俺…思いが通じることはなくても…大佐の傍で…大佐を守って…
役に立ちたいって思ってたけど……気持ち悪いっスよねでも…でもっ
もう…二度と大佐を困らせること口にしませんから…直接触れたりも
しませんから…部下として傍にいさせてくださいっ!」

―――ひょっとして、私が殴ったことで本当にコイツは記憶喪失に
なってしまったのだろうか
恐る恐る、指を伸ばしてハボックの前髪に手を伸ばすと、熱した棒に
でも触れたかのようにハボックはびくりと震え、キツく目を瞑った。
その断罪を待つ顔で、私の予測は正しいのだと悟る。
…やはり、これは私のせいなのだろうな……いや、しかしこういう
遠慮をしてくるハボックというのも、新鮮で初々しくて悪くない。
…だが…悪くはないが……中尉にばれたら仕事が滞ると、怒られるの
はやはり私……だろうか…。

「ハボック」
「…はい」
覚悟を決めた、沈む男の声。
回答の変わりに、私はハボックの前髪に触れた指をそのまま後頭部に
廻し、顔を上げるよう促した。
「それは、困るな」
「………は?」
記憶がなくなる前と大差ないハボックの答えが可笑しくて、唇端を上
げれば、恐る恐る目蓋を開いたハボックは困惑顔だ。
「お前は…私のここを舐めたり吸ったりするのが大好きだったのに…
忘れたのか」

仕方ないとばかりに肩を竦め、上着の前を開きシャツのボタンを胸元
ぎりぎりまで開く。
きっちりとした軍服を着乱す姿というのは、男の浪漫だろう。
猥らがましくお前を煽ってやるから…思い出せ。
記憶がなくて、今のお前は自制に必死だと言うのなら鼻にかかった
甘い吐息を漏らしながら、お前の指を舐めてやる。
ほら、簡単だ。お前の喉元は今ごくりと動いて、雄の臭いが漂い始め
私を見る目に、獣欲が混じる。
涙を滲ませ、頬を染めてお前に縋りつき唇を啄ばんでやれば、お前の
体は私を喜ばせようと、意識せずとも勝手に動くだろう?


……状況についていけないでいるのだろう。
誘惑に耐えようと、白くなるまで強く指を握り、虚ろな顔で凍り付いてる
ハボックは、それでも私から視線を外せずにいる。
思ったより、自制心はあったのだな。ならばどこまでもじらして、四月
馬鹿の溜飲を果たしてやろう。
精悍な身体つきの大男が、私の微笑み一つでうろたえたりするのは
正直見ていて面白い。

必死で耐えようとするハボックが懸命で可愛くて、刺激を与えてくれる。
…その代償として、途中で記憶を取り戻したハボックに貪り尽くされたの
は計算外だったと、自戒の為ここでのみ白状しておこう…

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ハボ記憶喪失バージョンも書きたくなったので追加 うちでは珍しいロイ誘いうけ