騙す騙される

四月一日という日付は、人を疑いやすくする。
まあイベントであるので仕方がないと言えるのだが、人を騙す日などと
誰が考え付いたのだと、標的に狙われやすいハボックは吐息をついた。

 一見飄々としているからか、それとも図体の大きな男が慌てるサマを
見たいと、体格では敵わぬ男たちのイタズラ心からか、エイプリルフール
にハボックを騙してやろうと狙うものは少なくない。
 尤も、涼しい顔して受け流すハボックは見た目ほど単純ではなく、嘘を
利用して報復をする程度の計算はできるのだが、自分を除いて頭脳を抜擢
基準に選んだとされている、マスタング組内部での騙しあいに置いては
かなり不得策だった。

 日頃あまり公に出来ない恋人である上司との仲を愚痴まくっているブレ
ダには、深刻な顔をして大佐には他に恋人がいるんじゃないのかとこれで
もかとそれらしい証拠を並べられ、嘘を積極的につかない代わりに目を
あわせようとしないファルマンには、それが肯定の態度であると思わされ
フュリーも知っているのかと問いかけようとすれば、大慌てで目を逸らさ
れ逃げられた。
 最終的には真実を告げてもらったのだが、信じてしまったハボックが
ロイを問い詰めたせいで「自分を信頼していないのか」と険悪な仲になっ
てしまったのは、いまだ生々しい思い出だ。


…にも関わらず、だ。
大真面目な顔で、組んだ両掌の上に顎を乗せたロイが「別れよう」と告げ
てきたのは、今年の四月一日。
昨年の思い出があって、馬鹿馬鹿しく容易に私を疑うからだの意図を含む
ロイの仕返しだろうが、ハボックにとってそれは洒落にならない禁句の他
のなにものでもない。

 一切の表情をそぎ落とした顔で
「…本気っスか」と落とされた低い声は、慌てふためくハボックを少し揶揄
してやろう程度の意図でいたロイを、ゾクリとさせた。
「え…あ、いや…その、だな…」
「…撤回してください」

 エイプリルフールの、ささいな冗談じゃないかとハボックの口調に少し
腹を立てたロイが、むっとした表情をつくるが返されたのは見た事のない
ハボックの冷たい視線だった。
「…イヤだと言ったら?」
「今ここでぐちょぐちょになるまで犯して すがりつかせて泣いて叫んで懇願
されても容赦しません 俺のものだって誇示する為にひん剥いて縛って
写真でも撮っとくのも良さそうっスね」

 感情が篭もっていないだけに、その台詞がいっそう恐ろしい。
何とか動揺を表に出さずに頑張るロイは、にこやかな顔を作り
「勿論これは四月バカの冗談だ」と気力を振り絞り答えた。 
「ですよねー」
途端、パァッと顔を輝かせにこにこと笑うハボックに、今しがたの翳り
は微塵もない。

「俺もエイプリルフールのジョークっスから」
 しれっと返すハボックに『嘘ださっきのお前の台詞は絶対本気だった』
と内心で叫ぶロイは、今後このネタに関する四月馬鹿は禁じておこうと
深く心に刻むのだった。