PLEASE・CALL・NAME

 マスタング大佐部隊の執務室、壁際に並べられている棚をしばらく
漁っていたブレダが、諦めた様子で振り返る。
「おーい 誰かここに入ってた青に黄色のシール貼ったファイル知ら
ねえ?」
「えーっと先週の模擬戦闘のまとめでしたっけ?」
 フュリーの問い掛けに、別の位置から答が割って入った。
「ブレちゃん悪ィ 俺がガメてた」
「…まあ十中八九お前だとは思っていたがな ハボいい加減にしろよ
先週もお前の机に置きっ放しだっただろうが」

――私の部下達が、仲が良いのは望ましいことだ。
扉越しのやり取りを聞いていたロイは、苦情を言いつつもそれを許す
ブレダと、詫びに昼食を奢ると謝っているハボックの声を聞き、書類
に走らせていたペンを停めて、一人頷いた。
口調がどうであれ、二人の会話が刺々しく聞こえないのは互いに階級
ではなく「ハボ」「ブレちゃん」と愛称で呼び合っているからだろう。
厳格な上司であれば、そういった馴れ合いめいた空気を嫌う者もいる
であろうが『私は心が広いからな大して気にならん エヘン』と考え
ているロイは、自身も親友から似たような類の呼び方をされているか
らであるのだが、その点は気付いていない。

――それにしても、私とハボックは部下と上司を越えて親しい間柄で
あるはずなのに、…呼び方が固くはないか?
記憶を辿ってみれば自分は日頃「ハボック少尉」プライベートタイム
でも「ハボック」呼びで、向うに至ってはいつ如何なる時も「大佐」
であると気付いたロイが、ペンのキャップ部分を唇に押し当てポツリ
と「…ハボ」と呟いた。

「何スか?」
直後に予期せぬ返答があり、ロイは慌てて顔を上げれば目の前に書類
を手にしたハボックが咥え煙草で、自分を見下ろしていた。
「なっ…なな 何だお前っ!いつからそこに居た!?」
「いつから…って今ちゃんとノックしたっスよ サイン欲しくて来て
みれば名前呼ばれてて、返事をすればお化けでも見たみたいな反応は
こっちこそ 何なんスかと聞きたいですよ」
 呆れと困惑の混じった低い声に、ロイの頬に朱が走る。
「ちち、違うぞ!今のは呼んだ訳じゃなくてお前の名前は 便利だな
と思っていただけだっ」
「…便利?」
「そうだとも!覚えやすいし…お前はいかにもハボックって雰囲気だし!」
「…はあ」
 同意していいものやらと、合いの手の挟みようがなくいるハボック
を見たロイは、誤魔化せていないかとますます饒舌に言葉を重ねる。

「そそそ、それに五段変格活用だってしやすいじゃないか!ハボらない
・ハボります・ハボる・ハボれば!!」
「………」
「その、こればかりは私が負けを認めてやるが私の名前に比べれば
ずっと良い!私の名前なぞマスタンガない・マスタングれば・マスタ
ングる・マスタンげ!!……ええぃっ何をぼーっと突っ立ってる!サインが
欲しいのだろう早くそれを寄越したまえっ!」

 もはや本人も何を言っているのか判らなくなっているのだろう。
顔を真っ赤にしたロイが、ハボックの手から書類をもぎ取り手早に
名前を書き綴ると、扉外へとぐいぐいと背中を追い遣った。


「……ブハッ!マ、マスタンゲって何だよ マスタンげ!! ひーっ腹痛ェ
マ、マスタンゲ…やべぇ…ツボった……マスタンガないとか…苦しっ
……マスタンげ!訳わかんねっ…マジ腹筋が……」

 ロイの執務室から、押し出されたハボックが扉が閉まるなりお腹を
抱え、声なく笑い崩れるのを見た同僚達の頭上には一様に疑問符が
浮かんでいるが、呼吸困難に陥りそうなほど破笑しているハボックは
当分答えられそうになかった。

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シリアスよりこういうバカ話の方が書くのが性に合っていますが色んな
方々にごめんなさい