酔いまかせ/上


これは、案外気分が悪くないものだな。
酔っ払いという醜態を晒している自覚はあるが、心はふわふわと
舞っていて何より身構えなくて良い気楽さは、久しく忘れていた
ものだとテーブルに突っ伏しながら考えていたら、更に楽しくなっ
た。
心を許して飲みあえる者というのが、軍部内ではヒューズ以外に
今までいなかったが、こいつらはアイツと居る時と同じ気持ちで
飲んでいても大丈夫そうだと、純粋に飲み比べで勝った『自分達』
を讃えるブレダとハボックの声に、おかしくなる。

負けて酒代全部を奢りというのは癪だが、潰れている私を前にして
も日頃の鬱憤をぶつけるような翳りはなく、どこまでも陽性な二人
と物静かに会話を楽しんでいる中尉とファルマンとフュリー。
…私は本来ならあちらのテーブル側のはずなのだが、何故この乱痴
気コンビにまきこまれているのか。

しばらくお互いの検討を私の頭上で褒め合っていたハボックとブレ
ダだったが、私がうつ伏せたまま思考に耽っているのを勘違いした
らしく、恐る恐るといった様子でどちらの指が肩先を突いてきた。

「…えーっと……マジで大丈夫っスか?気持ち悪い…とか」
この低く心地好い声はハボックだ。悪くなんてないぞ、むしろこの
上なく良い気分だと答えてやろうとしたが、洩れてきたのはクスク
スという忍び笑いだった。
「…酔っ払ってるな」
ん?この声はブレダだな二人に揃ってそう見えるなら返事ぐらいは
してやらねばな。
「わらし…は…酔ってらんかないぞ だいじょぶ…ら…」
伏せたまま首だけを捩って、心配げな顔付きで覗き込んでくるハボ
ックに微笑んでやろうとしたが、どうにも楽しい気分が収まらなく
てまたもクスクスと笑い声が洩れてくる。

「…駄目だなこりゃ …中尉 大佐完全に潰れましたー」
一息置いたブレダの声は、そのまま横への語りかけとなっている。
完全にとは誰のことだ私は大丈夫だと言ったはずだぞ…そうなると
残りはハボックか?
それはいかん、上司として部下をきちんと見てやらねばと身体を
起こそうとしたが……どうしたことだ力が入らない。
腰に根がどっしりと生えたように重く、伏せた上半身は背骨に力が
伝えられずぐにゃぐにゃで、これは私の体ではない。
「うーっ…うぅぅっー……」
手先や足先はバタバタと動くが……どうしてだ、やはり起き上がれ
ない。

「あ、グズりはじめた」
――む、この無礼な言い草はハボックの奴だな。
お前を心配してやっている上司になんて言い草だ、失敬な。
…あれ?ハボックは潰れているのではなかったか…?

「この時間じゃ車つかまえんのも難しいしなあ…そろそろお開きに
するとして…ハボ、お前ん家に大佐泊めてやれよ」
「俺!?…いや だってブレちゃん お前の部屋の方が近いじゃん」
「…俺じゃ大佐抱えて帰れねぇよ それにお前自室で狭いベッド
だけはイヤだって無駄にでっかいの買ってただろ あれなら大佐と
二人でも寝れそうだしよ ハボちゃん」
「いや でも……さ…」

「わらし……なら平気だっ!お前が送ららくれも帰れる…ヒック」
「…平気だってさハボ お前のために大佐がわざわざ返事してくれ
たぜ? まあ俺達が離れたらこの状態の大佐は放っておかれたまま
って事はないだろうがな」
「…っ!解ったよ 俺が連れて帰りゃいいんだろっ」

頭上で飛び交う会話は、片方が楽しげでからかい混じりで片方は
何故か途方にくれている様子だ。
…そうか全員で飲むには良くても、私と職務を離れて二人きりは
イヤだということかハボック。
……何故だ、少し哀しい気持ちになってきたぞ。
「うぅー…イヤなら無理…しなくて…構わん」
なんとか起こした顔で、睨んでやればアルコールのせいか、じわり
涙が滲んできた。

「違いますっ 嫌なんかじゃありませんっ!」
「嘘だ…お前は…私が…本当はキラいで……っく…」
――おかしい、なんだか思考回路が段々沈んでいくぞと思いながら
粒の大きさを増す私の涙に、ハボックは慌てた様子で私の腕を取り
自分の首へと回させ立った。
「悪ィ なんか大佐 本格的にヤバそうだから先に失礼するわ」
「…ヤバいのは大佐じゃなくてお前じゃねーの?先に金は出して
もらってるから問題ねーよ」
「お、俺がってなんの事だ!…えっと大佐…しっかりして下さい」
「わらしはしっかりしている!うぅーハボはわらしが嫌いらんら…
だから…そんな事…うぅっ…ひっく…」
「だから!違いますってば!!ああもうっ行きますよ」


「ここっス…狭いけどどうぞ」
カチャカチャと金属音が響いた後、開いた扉。
肩を借り腰を抱えられ歩いて到着したハボックの部屋には、確かに
大きいとしか表現できないベッドがあった。
…むしろベッドが部屋じゃないかというぐらい、余剰スペースの方
が圧倒的な少なさだ。

夜風に当たったおかげで、少し自由に動くようになった体が目の前
の、迫力ある部屋構造に飛び込めと脳裏に命じる。
「とぅっ!」
ハボックの肩から離れ寝台に飛び込めば、スプリングで膝まで乗せ
た身体は跳ねあがる。
「ははははは 凄いなハボ!跳ねるぞっ どーやってこれこの入口
から運び入れたんだ?」
ボヨンボヨンと弾む感触を楽しみながら、手足を広げ仰向けになれ
ばハボックは小さく肩を竦め、私を見下ろした。
「…部品をバラで買って組み立てたんスよ ほら靴脱がせるから足
こっちに下さい」
「ん」
足先をそのままハボックのほうに向けたら、何故か暫しの沈黙。