恋の勢い


書類の決裁に必要だと、ロイの個人執務室を訪れたハボックは
用紙を渡したきり、傍らに立ってロイを見下ろしていた。

ふいに訪れた衝動のままに、ロイの黒髪に手を伸ばしたハボック
だったが、そのサラサラな感触を確認するより早く熱した鉄に
でも触れたかのように指を引っ込めた。

「…ハボック…?」
二週間ほど前に恋人になってくれといった部下に、いいだろう
とこれでもかの上から姿勢で返したロイは、偉そうではあった
が内心ハボックのことを意識しまくっていたので、思いもがけ
なかった相手からの告白を嬉しく思いつつも、現時点では以前
と変わらずなんの進展もないと悩んでいた。
ようやく今になって何らかのリアクションを起こすつもりに
なったかと、平然を装いながらこっそり息を呑んでハボックの
動きを待ちわびていたロイは、手を引っ込めた部下がそのまま
次の動きに移る様子がないのを見取り、ペンを置いた。

かたりと机に当たったペンの音に、自分の行き先を見詰めていた
ハボックは改めてロイを見下ろす。
キツイ光を宿した黒い双眸は、睨みつけるように視線を返した。
「…えーっと… 大佐?」
「何故だ」
「は?何が何故っスか」
唐突なロイの疑問に、ハボックが当然の質問を返すとロイは
緩められたタバコの臭いが染み付いている襟元をぐっと掴んだ。
「お前 私に恋人になってくれと言って私が了承したというの
に何故なにもせんのだっ!今だって……」

顔を紅く怒鳴るように詰め寄るロイを見たハボックは、頬を
染めへらりと笑った。
「え、いや… やっぱ…仕事中はまずいかなって」
口ではそう言いつつも、ロイの反応が嬉しくてたまらないよう
で、緩んだ表情のまま続けた。
「それに迂闊にこんな所で何かして 他の奴らに見られても
ヤバいっスし……」

「わかった!」
ハボックが言い切らないうちに、両掌で机を勢いよく叩いた
ロイは立ち上がり、ハボックの背中裾を掴み大部屋へと引っ張
り向かった。
「た、大佐?」
ロイの行動が読めぬハボックは、慌てた様子で反射的に足を
踏ん張って抵抗したが、それは無駄な抵抗でしかなく扉は激しい
音をたて開かれた。

バタンッと空に響く音色に、その場にいた者達の視線は自然
音を立てた主へと寄せられた。
「諸君!聞きたまえ」
別段そんな大声を出さずとも、その場で一番のお偉いさんである
ロイが命令すれば誰しも聞くのだがとの周囲の疑問を、当人は
頓着する気配なく続けた。
「この度 私とハボック少尉が付き合うことになった!だから
諸君もその旨を今後留意しておくように!」
「たたたた、大佐っ!?」

慌てふためくハボックを尻目に、言い切ってやったぞとロイは
胸を張る。
さぞかしブレダやホークアイ達も、派手にリアクションを返して
くるに違いないと踏んでいたロイが、静まりかえった室内を改め
て見渡せば返されたのはまず、ホークアイの小さな溜息だった。

「…大佐 勤務中に罰ゲームなどをして遊ばれるのはどうかと
思いますが」
「えっ……」
続けたブレダは、ロイの背後を指差す。
「そうですよー大佐 ハボの奴硬直しきってるじゃないですか」
「えっ、だから…違っ……」
「大佐 少尉固まったままですよ 早く冗談だって言ってさしあげ
ないとお気の毒です」
「そうですね」
うんうんと頷くフュリーとファルマンに、ロイは懸命に反論しようと
試みるが、なおもロイへの糾弾は続いた。

「仕事をサボられる口実に 少尉を利用されるのはいかがかと」
「ハボもほら 何かあったら言ってやれよ」
「え、いやあの俺はその…って だから…」
「ほらちゃんと言えてない 大佐ハボで遊ぶのは勤務外の方が
いいんじゃないですか」

何とか反論の糸口をと探すロイは、それぞれの興味が眼前の書類
へと戻ってしまったのを見て、くしゃりと表情を歪めた。
「もういいっ! 大体なんでハボックお前も何も言わないんだっ
お前なんか知るものかっ!!」

言い捨てると同時に外へと走り去っていたロイを、ハボックは
慌てて追いかけ二人揃って、執務室から退場してしまった。

「…ちょっと大佐がお可哀想な気がしますが……」
こっそりと顔を上げたフュリーが呟けば、ブレダはいいんだと
手と首を振った。
「この切羽詰った時期に 二人で大佐の個人執務室に籠もって
小二時間 書類一枚も処理されてこねえんだぞ あれが続く
ぐらいならひと悶着起こしてやった方が親切ってもんだ」
「そうね 30分もしたら私が二人を迎えに行くから、そうすれ
ば先ほどよりは仕事が進むでしょう …あそこで肯定して
『おめでとう』コールなんてしてたらいつまでも書類が溜まって
く一方よ」

拗ねてしまったロイを、懸命に慰めるハボックは勿論いまだに
二人の仲が知られているとは気付いていなかった。



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珍しくロイ→ハボの要素が濃いお話になりました たまには逆襲のマスタン組(笑)