互いの思いやり


「ほら大人しく寝て下さいっ!」
姫抱っこで仮眠室ベッドに連行されてきたのは、その司令部の
主であるロイ・マスタングだ。
かつてのテロリストどもの残党狩は、一般市民を巻き込まぬよう
にとの配慮で、司令官であるロイが不眠不休のまま三日目を迎えた。

「はなせっ!私はまだやるべき事が……」
「それは俺がやります!俺じゃ駄目ならブレダが、ブレダが駄目
なら中尉が、中尉一人じゃ大変だと言うなら俺ら全員で代わりに
こなしますからアンタはここで大人しくしてて下さい!」

言葉だけを見るのならば、上司を心配する部下と当人の心温まる
やり取りであるが、その光景はといえば二人が掌をガッツり組み
合わせ、顔を上気させて息を荒く睨みあってるという図だ。

「普段サボりたがって ちょっと眼を離すとどこぞで寝こけてる
クセに 何で部下一同が休めと言う時ばかり逆らうんスかっ!」
「私は私が寝たいときに寝て サボりたい時サボるのだっ!
人に言われて眠れと言われたって眠れるものか!」
いっそ清清しいと表現したいほど、己のサボり癖を肯定するロイに
ハボックはこれみよがしに吐息を付いた後、足払いをかけた。

いきなりの実力行使に、バランスを崩したロイは寝台にぱふっと
軽い音を立てて倒れこむ。
そのまま手首を押さえ込まれ、ハボックが自分の体格差を活かし
押さえ込んできたのに、不利を悟ったロイは一度恭順の意を示す
かのように全身の力を抜いた。

「…お前たちだって休んでいないじゃないか」
「アンタ程じゃないっスよ 交代でちょっとずつ休んでます」
「私は疲れてないから平気だ」
「疲れて倒れられてからじゃ 俺らが困るんス」
「ええいっ!ああ言えばこうとグダグダうるさいっ!!」
「…切れるの早すぎですよ大佐 もう限界きそうなんでしょ?
ここでしばらく寝てる間ぐらい 俺らを信頼できませんか」
「そんな事はない」

即座にきっぱりと返したロイに、それなら大人しく言うことを
聞いてくれないものかと苦笑して、ハボックは最後の手段に出る。
「…自主的に眠って下さらないなら 俺がアンタの体力最後まで
奪って差し上げますが」
ロイのそれぞれの手首をベッドに抑え込んでいたハボックの指は、
それを一度外した後、両手をまとめ片手で拘束し、空いた片手で
ロイのシャツボタンの一番上を外した。
白い首筋に誘われたように落とした唇は、その滑らかさを舌で
味わい紅い痕を散らす。

「…良い度胸だ 上司を脅すつもりか」
「いえいえ でも男って生存本能って奴が発達してるって教えて
くれたの大佐でしたよね 命ヤバくなると性欲刺激されるって
本当だって実感してますよ 俺さっきのミッションのおかげで結構
色々昂ぶってるんス」
耳元で余裕を含んだ揶揄するハボックの低い声に、幾分かの本気を
感じたロイは頬を紅くし横を向いた。

「…お前達は過保護すぎだ 私一人のうのうと休んでいられるか」
「過保護にしないと壊れるほど無茶する相手なもんでね 自分が
休むより相手を休ませたいと思わせるなんて愛されてますね大佐」
「ここで私がまだ頑張れると言ったら?」
「……言ってみますか?」

疑問系を疑問文で返してくるハボックに、これ以上の応答は実力
行使でこられると、ロイはわざと弱弱しい顔を作り小さく呟いた。
「お前たちはズルい…私が心配してるのを鬱陶しがるくせに 私を
心配ばかりする…」

どこまでも意地を張ろうとしたロイが抵抗をやめると同時、ハボック
は拘束を解き、あやすようにその黒髪を梳いて頭を撫でる。
「しょうがないでしょう 愛されてるんだから」
「…そう…なのか?」
「愛してますよ アンタが俺らを思ってくれてるのと同じ位」
「……それ…では仕方ないな 私の大いなる愛を…同…等…に…」
何度目かの指を往復させる頃には、ロイの反論は小さな寝息に
変わり、まっすぐな光を放つ黒い瞳は瞼で覆われていた。

「さて…この人が目ェ覚ます前に なんとかカタつけておかねえと」
ようやく大人しくなった上司の、少し疲れた寝顔に口接けを落とし、
ハボックは音をさせぬよう、ゆっくりと仮眠室の鍵を掛けた。