気苦労人


事の発端は、ハボックの失言だった。

酒の席で二ヶ月に一度は、愚痴るなり片恋の辛さなりを切々
と訴えてくハボックが、ここのところそういった方面の話題
をあまり持ち出してこず、友人としては現在それなりに上手
くいっているのだろうと、気に留めていなかった。
だが、それはどうやら誤りだったらしいと、ブレダは小さく息を
ついてグラスを置いた。

半分潰れかけているハボックが、延々と述べる相手への恨み
つらみは可愛さ半分憎さ半分というところか、可愛さ余って
憎さ百倍なのか検討がつかない。

だが、さんざん「酷い点」を上げておいて、酔っ払い相手に
逆らうと面倒だからとこちらが軽く相槌を返すと
「でもなっ自分が悪いと思った時のフォローの様子とかすまな
そうな表情とか 可愛いんだよ!!」
と必死なノロケとなって返ってきて、鬱陶しいことこの上ない。

「俺がいくら好きって言っても軽くかわされるしさー」

相槌打って反論されるのならば、もう面倒だいっそ本音で答え
てやれと、水割りを含んでいたブレダは肩を竦めた。
「そりゃお前をなんとも思ってねぇって事だろ いつも多少邪険に
されても押せ押せなのに なんで今回は弱気なんだよ」
「…今絶対に嫌われてねぇ自信はあるんだよ でもさここで俺
が本気でアタックして…ノーって言われて遠ざけられたら……
うわぁぁぁぁ考えたくねえぇぇぇっ!」

頭を抱えてテーブルに勢いよく突っ伏そうとするハボックの前
から、すかさず料理皿やワインビンを退避させる自分は、公私
問わずこういった役回り担当らしい。
空いたスペースに食器類を並べ直しつつ、ハボックがここまで
思いつめるのも珍しいと、ブレダは言葉を探した。

「あー…まあ気まずくなることはあるかもしれねえけど 普段
四六時中一緒って訳じゃないんだろ?だったらいっそ当たって
砕けてきたらどうだ」
「しろくじちゅう いっしょにちかい…」

頭を振ったせいか、呂律が回らなくなってきているハボックの
言葉にブレダの手がピタリと止まった。

――軍部の中でも、マスタング組と呼ばれる自分たちはロイが
上層部から嫌われているという原因もあって、人手が少ない割
には振り当てられる処理物件が多い。

そしてそれをきちんとこなしているから、ロイを困らせてやろうと
画策している一部お偉方は面白くないと、更に嫌がらせで仕事を
押し付けられるという悪循環を生み出しているのだが、それはさて
おき…四六時中一緒という条件なると、同僚達の誰かが相手と
しか考えられない訳で……。

「…そりゃあ…確かに言い難いな……」
美人ではあるし、有能であるのは間違えない。私服になればキビ
キビとした応対は変わらぬものの、上司風を吹かせないホークアイ
は、自分にとって尊敬の相手でしかないが、そこに恋愛感情を抱い
てしまうという気持ちも、わからんでもないとブレダは頷いた。

「だろ〜?ちょっと強引に行ってみろなんて言うやつもいるんだけ
どさ〜…」
伏せたままであるが、きちんとブレダの言葉が届いているらしい
ハボックはボソリと呟いた。
「……それは…自殺行為だろ」
体力沙汰では勝てるかもしれない。だがそれは何の意味もない行為
であるばかりか、後々の自分の生命を縮める行いの他なにものでも
ないと、ブレダは身震いをさせた。

「おれもそうおもう〜……俺はこんなにすきなのになあ…大佐――」

ブフォッ!!
盛大に噴出した水飛沫ならぬ、白ワインの飛沫はハボックの頭上に
思いきり降り注がれたのだが、酔っ払い当人は気付いていないらしい。

―――今 ナントオッシャイマシタデスカ?

いやいや、聞きたくないぞ俺は。「ちゅう」「たい」・「い」と「さ」
ほーら発音似てるじゃないか!似ていない?いやそんなことはないっ
今のは俺の空耳だ気のせいだ勘違いだ。
ちゅういとたいさと聞き間違えただけだ!!そうに決まっている!

「まったく…だったら素直に告白してくればいいものを」
必死に己に言い聞かせているブレダの頭上から、聞きなれた声。
白シャツで、グラスを手にしている上司は私服であると更に若く見え
るなどと思ってしまう自分の脳ミソは、現実逃避中であるらしい。

「…なんでここに大佐が?」
「本当に偶然だよ 古書店の帰りに食事のつもりで寄ったらお前達の
姿があっただけだ」

クスクスと上機嫌にハボックの頭を撫でながら、ロイはかざした人差し
指を唇に当て、ブレダへ目を向けた。
「ブレダ …今のハボックの言動を当人のために忘れ………」
ふと何か考え出したロイを怪訝に思いながらも、むしろ忘れさせてくれ
自分を関わらせないでくれと願うブレダはこくこくと、繰り返し頷いた。
「いや、訂正忘れないでくれ」
「はいっ???」
「どうせコイツの事だ 暫く悩んで私に思いを告げてくるのは当分先に
なるだろう」
「……ハァ…まあそうでしょうね」
「だったら、ハボックが迂闊に喚いたりしないよう事情を知ってグチを
言える相手が居てくれた方が望ましいからな」

「だったら大佐から言ってあげたら…」
「私はこいつの何か言いたそうにして言えないでいる顔が 訴えかける
犬みたいで気に入っているのだよ」
にっこり笑うロイの顔は、それだけを見たら童顔も相俟って大変に可愛
らしい。
…だが、今のブレダにとってそれは悪魔の微笑にしか見えなかった。

「俺…関わりたくねぇんですけど」
「勿論だとも ただ友人が困っていたら義侠心厚いブレダは話ぐらい
聞いてくれるだろうの問い掛けだよ」

――いやだぁぁぁぁぁ俺を関わらせるな!!!
口を無意味に開閉させ、理論だった反論を成す前に上司は『口留料』
と称して、伝票を持って去っていってしまった。
…金額は覚えているから、ハボのやつに「俺が全額払った半額出せ」
と言えば、素直にあいつは財布を出すだろう。
いや、愚痴られた手間賃だ全額奢れといっても聞くかもしれない。

せめてもの仕返しがわりに、そう言ってやろうと画策するブレダの
気苦労は、暫く絶えそうもなかった。


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ふとブレダ受難話が書きたくなるのはどうしてだろう(笑)