支配の逆転

嘘だ、違う、こんな筈はない。

「もう充分にオアズケ喰らいましたから」
聞きなれぬ低い声で囁いてきたハボックを、見詰め返した私の顔は
さぞかし間が抜けていたに違いない。

何度も唇を合わせていたから、こいつのキスが上手いのは知って
いた。それでも、同性とのセックスの経験がない私にはそこから進む
というのに畏怖があって、上官と年上という二重の規範でハボックを
それなりにかわしていた筈なのに。

ハボックを嫌いなわけではない。肌を合わせるのが嫌な訳でもない。
…ただ、ハボックのシャワー後着替えを忘れたなどといって真っ裸で
歩いてる姿を見たりしてしまった後では…あんなデカい物が自分の
……に納まるだろうか、いや無理だと恐れを抱いても当然だろう。

だから、上手く逃げて抱き締めあってるだけでも幸せだからいいか
と思っていたのに。ハボックがそういった気配を滲ませ迫ってきても
やんわりと別の話題に転じさせ、ハボックが苦笑して欲を身の内に
鎮めてくれるので、安心していたのに。

覆い被さってきたハボックの重みで、身動きがとれない。
ハボックの熱を直接伝える、熱い舌先が口腔に潜り逃げようとする舌
を絡め、全身の力を奪う。抵抗しようとハボックの胸を押し返していた
手はいつの間にかソファーの上に手首を掴み縫いとめられ、長い接吻
で浅くなった息を整えようとしていると、ハボックの唇はそのまま首筋
を辿り、耳後ろを舐め耳孔を擽る。
やめろと命令しても、そんな甘い声で言われても説得力がないと含み
笑いを返され、いつのまにか肌蹴られていた胸元を鍛錬で硬くなって
いる指先が弄り、私の力を更に奪う。

「やぁっ……あっ…やだっ……」
ようやく紡ぎ出せた抗議の声は自分でも信じられないほど、甘ったる
くどこか媚を帯びていた。
ハボックは、飄々としているから万が一コトに及んでも淡白に必須事項
をこなす程度に、抱いてくるだけだろうと思っていたのに。
そうしたら、私は年上の余裕と経験値の差でいなして宥めてやろうと
考えていたのに。

知らない、こんな背筋が反り返るようなゾクゾクと支配してくる感覚は。
空気に晒された生肌が、こんなにも心細く感じるものだとは。
しつこく愛撫してくるハボックの舌が、私の熱を煽り思考を蕩かせ何も
考えられなくなるぐらい、快楽を引きずり出してくる。
同性相手の性行為など、ハボックが知るはずもないのだからとタカを
くくっていたのに、むしろ己と同じ体ゆえか的確に刺激を生み出す箇所
を、執拗にねらって責めてくる雄の顔をした男は誰だ。

「ねぇ …どうして欲しいか言ってくださいよ」
私をとろとろに溶かして、好きか嫌いかなんて解らないぐらいに嬲って
泣いてやめてくれと懇願しているのに、それ以上に踏み込んでくるな。
気持ちが良すぎてイヤだ、…私は私でなくなって、何もわからない
「…そんな可愛いコト言ってくれるんスね 我慢きかなくなりますよ」

 充足した声が、聞いたことのない支配者の響きを秘めていて、それに
どこか惹かれてしまう自分がイヤだ。
私が指導権を握って、年下の青い未熟さを笑って受け止めてやる筈
だったのに。
全身を溶かす熱が私を降参させ、もう無理だ許してと縋るような真似
までしたというのに、傲慢にまだ私を貪り続ける精悍な一匹の雄。

せめて灯りを消してくれと頼んでも、こんな可愛い姿晒してくれてるの
にそんな勿体無いことできますかと流され、まだそんな事を気にしてる
余裕があるんスねと、指先が捻じ込まれた内部をまさぐり嬌声を牽き
だそうとなおも刺激を加えられる。
知らない快楽に頭が沸騰し、全身が痙攣しもう何も考えられない。

ひたすらにハボックの名前を呼んで、泣きじゃくると
「泣かないでください …アンタを気持ちよくさせたいだけなんスから」
とハボックの声は聞き覚えある、優しさと慈しみの篭もったいつもの
それに戻っていた。
そっと抱えられ、体の中心を貫く灼熱。
目の前の、暖かい体に縋りついたのが最後の記憶。

重たい目蓋を薄く開くと、目に入ったのは朝日に煌めく金色の髪。
「オアズケばかりでは、我慢できなくなるんスよ、…覚えていて下さい
ご主人様」
気絶寸前の、ハボックの言葉に「生意気だ」と蹴りの一つでも入れて
やるつもりでもそりと身動きすると、力強い腕が頭を抱き寄せ、腕枕の
位置に固定された。

――無理な体勢を取ったせいで体は痛いし、下半身の一部は麻痺した
みたいに感覚がないし、今までいじられた事なんてなかった胸先は
まだ嬲られた余韻が残っているのか奇妙に疼くし……きちんと目を
醒ましたら、覚えていろ。
そんな事を考えているうちに、ハボックの体温から来る暖かさが全身を
包み、いつしか私は再び深い眠りに陥っていた。