コーヒーとミルクの関連性

「はい どうぞ」
「ん」
書類を見ながら、片手で受け取った紙コップを唇につけた大佐は
こくんと喉元を動かした後、ひどく不満げな目つきで俺を睨んだ。
「……苦い」
「え…あっしまった スミマセン大佐のはコッチでした」

 普段であれば、大佐がお茶を飲むのに利用しているマグカップは
白を下地に蔦めいた草が底近い辺りで環となっていて、たった一つ
紅い花が咲いているというシンプルなデザインだけど、名が通った
歴史ある会社が販売している、それなりのお値段がするものだった。
それに対して俺は、同じデザインで花が青いというもので、大佐から
の貰い物をそのまま利用している…いわゆるお揃いの品ではあるが、
一目で色違いで持ち主を認識できるので困ったことはない。

 ただ、今日に限っては「男どもは洗うぐらいはするけれど、所詮
そこまでね」と気を利かせてくれた庶務課の女性が、一斉に俺ら私用
カップを漂白してくれていた。
そこで今日は紙コップでのティータイムとなり、つい間違えて自分用の
ブラックコーヒーを大佐へと渡してしまったらしい。
俺の手にある紙コップには、白茶色の液体がなみなみと入っていて
これは大佐用のミルク・砂糖入りほぼコーヒー牛乳だと存在を主張
している。

「イイ気になるなよハボック 別にブラックコーヒーが飲めるから男らしい
とかなど誰も思わんのだからな」
「…俺も思ってません」
 これは、単なる自己主張なのだろうかそれとも俺がからかってわざと
コーヒーをブラックで渡したとでも思って絡んできているのだろうかの
判断が分からなくて、なんとなく手元の紙コップと大佐のコップを交換
するタイミングが掴めない。

「コーヒーに砂糖とミルクを入れるのだって単に嗜好の問題で それが
子供っぽいとかブラックで飲めるから大人っぽいとかそんなコトもない
のだからな」
「…いやだから 別にコーヒーがどうとかで大佐を子供っぽいとか
思ってませんって」

――むしろ、今みたいによく分からん理屈を捏ねて何とか自分を正統化
しようとしているその姿こそ、子供っぽいと……とは思ってもそれを口に
出せば確実に空気が悪化するので、それは内心の考えだけで留めて
おく

「言っておくがな、ハボック 私は別にブラックが飲めん訳ではないぞ」
 大佐のしかめ面を解きたくて、唇端を指節で拭えば大佐の眉間の皺
は何故か更に深まった。
「はあ」
「何だそのまるで 聞き流してやるかとばかりの気のない返事は」
「別にそんな事思ってませんよ 単にそうだっけって記憶を探ってた
だけで」
「…お前の前ではないかもしれんが…その…上との面談の時とか…」
「女性とのデートの時とか?」

 言い澱んだ大佐の言葉を続けてやれば、大佐はさりげなく外していた
目線を俺のほうに合わせ、少し驚いた表情。
「クックッ…わかりやすっ 要するに大佐がミルクコーヒーはお子様向
だって考えているから 気を張らなくちゃいけないお偉いさんと話す時
だとか 見栄張りたい女の子の前ではブラックを一生懸命飲んでいた…
ってコトっスよね」
「うっ…… そ…そんな事は……」
またしても逸らそうとした大佐の目を、俺に向けさせるべく少し強引な
力で、その触り心地の良い頬に触れて、引き寄せる。

「嬉しいですよ」
「は?」
「つまりは俺相手には 見栄も無理もしないで素の大佐を見せてくれ
てるって事っスもん」
「うっ…い、イイ気になるなよ 私はブレダや中尉の前でもミルク入りを
飲んでるんだからな」
「でもその二人が間違ってブラック渡してきたら きっと大佐ちょっと眉を
顰めるかもしれませんが 文句言わないで黙ってそれを飲みますよね
ブラックコーヒーを飲まないから男らしくない訳ではないなんて妙な理屈
こねたりしないで…てな訳でスミマセン はいコッチ」

 あまり追求しすぎたら、大佐がむくれるのはもう経験から学んでいるの
で、あえてニッコリ笑って会話を断ち切り、手元のコーヒーを差し出せば
何かを言おうとした大佐は、会話を続けるタイミングを失って、大人しく
それを受け取った。

「ん…美味い」
「大佐の好みの味をマスターしてるますから」
 俺にもお裾分けくださいと、軽く唇を重ねたら調子に乗るなと睨まれた
けれど、大佐のその顔はやっぱりどこか子供っぽくて可愛かった。