禁止事項


 ツンとした表情で、マグカップの中身を啜っている大佐に俺は恨み
がましい眼光線送るが、相手は涼しい顔のままだ。

「ロイ」思い切って名前を呼んでみた時の、大佐の反応は顕著で
可愛かった。一瞬自分かと言ったような顔をした後、俺と目が合うと
頬に血を昇らせ顔を真っ赤に「なんだね」と威厳を保とうと返す。
それが嬉しくて、たたみかけるように今後も名前で呼び続けたいと
告げたら、帰ってきたのはすげないNOだった。

「…なんで駄目なんスか」
「お前の日頃の行いから胸に手を当てて考えてみろ」
 大佐程の記憶力はないし、自分の脳ミソに自信が有る訳でもない
俺は素直に胸に手を当てて考えてみるが、思い当たる節はない。
「わかりません」
「そうかならば教えてやろう お前の人懐こさは天性だと思うし私も
そこに惹かれたことは否定しない」
「え、そうなんスか!? わー嬉しいかも…」
「…喜ぶのは良いが本題はそこではない つまりはだ普段きちんと
しているつもりでもお前は無意識に自分が気に入っている者の前では
尻尾でも振っているような状態になっているんだ …普段から私を
名前で読んでいれば職務中そういった状態で ついうっかり…と私を
名前呼びしないと言い切れるかね」

「…大丈夫っスよ!…多分 だって軍服着ているときは大佐だって
いかにもマスタング大佐って感じですし俺ちゃんと大佐を大佐って
呼びますって!」
「…お前のそれはフォローをしているつもりなのか喧嘩を売っている
つもりなのかは言及しないでおいてやろう」
「えっ!?俺なんか喧嘩売るようなこと言いましたか」
 
眼を丸く自分を指差すハボックに、ロイは無言で溜息をついて首を
振った。

「…まあいい それはそれとして ならば咄嗟の際にもそれが遵守
できると言い切れるか?なにか問題が起きてお前と私に距離があった
場合 お前はまず大声で『ロイッ!!』と叫んで私の無事を確認する
のではないかね」
「…多分 そうしますね」
「そうだろう そういう理由で私を名前呼びしたいという申請は却下
だ 私はその状況下でフォローできる自信は無い」
「いいじゃないっスか 大声で互いの名前を読んで無事を確かめ合う
恋人達! ついでにそのまま公に…」
「待て そのワクワクした輝いた顔はなんだ …ますます拒否の意思
が強まったぞ お前のことだウッカリのフリをしてわざと大声で私の
名前を呼んでやろうと企んでいるだろう」
チッと小さな舌打ちが聞こえたのは、ロイの空耳ではないだろう。

「…ヒューズ中佐なんて仕事中でも堂々とロイって呼んでるじゃない
っスか なんでアッチは良くて俺が駄目なんですっ?」
 背後に廻って来ていたハボックが、椅子に座っているロイを背中
側から抱き締め肩口に顔を乗せて、ロイを見る。
真近に有るその顔が、拗ねた大型犬みたいだなとロイはクスリと笑い
ハボックの髪を宥めるように撫であげた。


「ヒューズは出会って五分後には私をロイと呼んでいたんだ 今更
呼び方を直されても周囲も私も戸惑うだけだ」
「…うぅーなんかズルイー……じゃあ俺の呼び方にも徐々に馴染んで
下さいよ …ねぇ…ロイ?」
 ハボックが耳朶に唇を寄せて、名前を呼んだ瞬間ロイは見事なまで
の速さで反射的に掌で耳を覆い、頬が紅く染まった。

「…大佐?」
「…っや…ちがっ…お前っ……いきなり…」
 真っ赤な顔で耳を隠したまま背を丸め、視線を逸らすロイをハボ
ックが暫し沈黙で見詰めた後、にんまりと笑った。
「なんだ 色んな理屈つけてたけど大佐ってば名前呼ばれると照れ
ちゃうから必死でごまかしてたんだ? かーわいい」
「なっ…ちがっ…そ、そんなんじゃ…」
「フゥン…そうなの?ロイ」
 無理やりロイの手首を掴み、隠そうとする耳を露わにさせたハボッ
クは耳孔に細く息を吹き込み、再度ロイの名前を呼んだ。
顔を紅くしたまま唇をしっかり結び、弱々しく首を振るロイはそれ
でも気丈に睨みつけるが、その表情を見てハボックの頬は緩むばかり
であった。

「安心してください…そんな可愛い顔 迂闊に人前でされたら俺の方
がたまりませんから絶対二人きりの時以外呼んだりしませんよ でも
今は他に誰もいないんだから名前で呼んでもいいでしょう? …ねえ
ロイ」

 上機嫌で抱き締めなおしてきたハボックに、ロイは我ながら子供の
ようだと思いながら「…絶対だからな」と睨みつつ念を押し頷いた。