存在の確認 下

「ジャン・ハボック少尉 ただいま戻りました!」
勢いよく入室し敬礼をしたハボックを見返すロイは、驚いた猫のよう
に目を丸く硬直していた。
「え…お前…予定は……ツッ!」
 ロイの少し呆然としている顔が、しかめられたのは指先にあった
煙草が短くなったせいだった。
慌ててそれを灰皿で揉み消したロイは、消毒のつもりなのだろう指先
の赤くなった箇所を、舌でぺろりと舐める。
「…珍しいっスね 大佐が煙草なんて…大丈夫ですか」
大股でハボックが歩み寄ろうとすると、ロイが慌てた様子で何かを
引き出しへと隠した。

「大佐?」
「あ、いや大丈夫だ! ご苦労だったなハボック」
「大丈夫じゃないでしょう確実に火傷してます ホラ見せて」
 強引に指を引き寄せ、ついでに隠し事をされたのにムカついたとばか
り、ハボックはロイが塞ごうと必死になっている引き出しを無理やり
こじ開けた。

 そこにあったのは、見慣れた青い小振りな箱…ではなく、ハボック
が日頃愛用している煙草のパッケージだった。
「大佐 これ吸ってたんスか?でもキツいし煙も独特な匂いがするから
自分が吸うのは苦手だって言ってませんでしたっけ」
「うっうるさいっ 人間たまには気分転換をしたい時があるのだ何か文句
あるかっ!」
「文句はないスけど…」
 微妙に気まずい顔をして目線を逸らせるロイに、ハボックはにやり
と悪童めいた笑みで唇を歪めた。

「てっきり俺が恋しくて俺の匂いがする煙草を吸ってたのかと フュリー
がさっき『俺が帰ってきてるのかと思った』って言ってたんスけど それ
多分この匂いのせいっスよね」
「…っ!ばっ…何…う、自惚れてるんじゃないっ」
冗談の筈だったハボックの言葉が洩れれば、寸時たがわずロイの顔は
紅潮した。

 必死で否定をしようとするその姿に、ハボックは自分の発言が的を
射ていたのだと悟った。
じわじわと湧き上がってくる喜びを噛み殺そうと頬を引き締めるが、
それでも聡い上司にはその様子が伝わってしまうらしい。
「ニヤニヤ緩んだ顔をしてるんじゃない」
 頬が紅いまま、そう睨みつけられても威厳も迫力もありやしない。
当人も自覚があるのだろう、むすっとした表情を作り黙り込んだロイ
に覆い被さるよう、ハボックは抱きついた。

「大佐と離れるのは寂しいなって思ってましたけど… こんな可愛い
顔してくれるならたまにはいいかも 大佐今どれだけ自分がかわいい
か分かってます?」
「…かわいいというのは年上に向かって云う言葉ではない お前の
認識は変だ、おかしい、間違っている」
「やだなあ 俺と大佐の間でそんな謙遜しなくても大丈夫っスよ間違え
なく大佐はかわいいですからっ!」
「私の言葉を聞いているのかっ!可愛いというのは私が年下のお前
にこそ言って良い言葉なんだ 上機嫌に尻尾をぶんぶん振った犬みた
いな顔はかわいいっ」
「じゃ 可愛いもの同士仲良くしましょう大佐?キスしますよ」
「…していいかと訊ねる野暮はしなくなった分 成長したようだな」
「ご主人様の躾のおかげっスよ …ついでに大佐をもっともっと気持ち
よくさせて上げたくてキスの技術も向上目指してます…味わってみて
ください」
「んっ…」


大部屋の会話
「…ファルマン あと十五分はそっちに行かない方が身の為だぞハボ
の奴どんなルート使ったのか もう帰ってきやがった」
「なるほどご忠告ありがとうございます では他の書類を処理する事
にします フュリー曹長の時にまとめてお願いすれば良かったですが
今更ですな」
「…そういや フュリーはさっき何でハボがもう帰って来てると思っ
たんだ?」
「さっきサイン貰いに行った時 少尉のいつも吸ってる煙草の香りが
してんでてっきり…今、記憶を辿ったら大佐の机の灰皿から煙が出て
たから…大佐が吸っていたんだなってわかりますけど」
「…それは大佐の前では迂闊に口にしないほうが 無難な話題だな」
「大丈夫です あのお二人のおかげでぼくも鍛えられましたからっ
迂闊なコトは口にしません!」
「そうか! 成長したなフュリー!」
「はいっ!」
 壁越しに、砂糖を吐きそうなイチャツキをしているだろう上司と同僚を
あまり想像したくない三人は、乾いた笑いを上げたあと各自の仕事に
戻っていった。