4コマ18の続き

「…って大佐が言ってたんスけど まさかそんな事ないですよね?」
否定を望む疑問文でありながら、それでも半ばの疑いをこめて額上を
見下ろしてくるハボックに、ヒューズは苦笑した。

「当たり前だろうが どう考えたってからかわれた台詞をなにマジに
とってるんだってロイ本人だって言うだろうよ」
「…いやそうは思ったんスけど 万国ビックリ人間ショーの大佐は勿論
大将もアームストロング少佐ですら中佐に一目置いてるぐらいだし…
まさか ひょっとしたらなあって」
「なんなら特別に触らせてやろうか?回すなり捻るなり試してみても
構わないぜ」
「…ご遠慮申し上げるッス」

 にやりと人の悪い笑みで自分の前髪部分を指差すヒューズに、ハボ
ックは丁重に断りを入れると「何考えてんだか」と小さく洩らした。
ここでの何は、勿論ロイへと掛かる言葉だ。
「単純にお前さんをからかおうとしていたんだとは思うが… その前に
ちょっとご機嫌損ねるようなことした覚えとかはねえの」
 ハボックが淹れてきたコーヒーを啜るヒューズに、顎先で促された
当人は首を捻った後、指折りでその日の記憶を辿っている。
「…そんなに思い当たる節があんのか」
「ええまあ …ただあの台詞の直前となると…時間過ぎても起きて
こないし枕を離そうとしないから 仮眠部屋から肩担ぎで強制的に
執務室お持ち帰りした件…かな」
「それだろうよ ロイはお前さんと違って率直さがないからな 同じ事
を言われたら内心で否定しつつも真面目に受け取って 半日は確実に
悩むぜ」
「じゃあ それで俺も悩ませてやろうと?」
 稚気溢れる行動では有るが、確かに暫く本当かと悩んでしまった
ハボックがやれやれと肩を竦めるのを見たヒューズが、ちょっと来い
と手招きで呼び寄せる。

「何スか?」
「からかい返したくねえ?」
潜められた声に、ハボックが眉根を寄せるのは当然だ。ヒューズが
ロイを直接からかうことがあっても、ハボック経由であればまず邪魔
をしてくるのがマース・ヒューズ中佐という人物なのだから。

「そんな心のそこから胡散臭ぇってツラするなよ お前をからかうのに
ロイが俺を利用したのが気にくわねえって理由で充分だろ」
「…納得しました…で、具体的には」
 ハボックが「何を」と続けるより先、部屋の扉を開く大きな音と足音が
進入してきた。
「おーっす……ってあれ?ヒューズ中佐久しぶり」
「エドか 久しぶりだな弟はどうした?」
「今 アームストロング少佐に感動の抱擁を味わされてる」
「…逃げてきたんスか?」
「少なくともアルなら骨折はしねえし」
 目線を外して呟くエドは、精神的な負荷に関しては触れられたくない
との意思表示で、弟を見捨ててきたという自覚はあるのだろう。
即座に「あれ?今日は 大佐は」と話題を変え、室内を見回した。

「ああ今ちょっと留守で…」
「お、そうだエド お前さんの力があると便利だから協力しろ」
「…何を?」
「ロイをからかうのを」
「よっしゃ のった!」
 内容を尋ねる前に嬉々とした表情になったエドに、ヒューズも楽しそう
な笑みで計画を明かした。


「戻ったぞ……ヒューズに鋼の…来ていたのか」
書類を見ながら、司令室へと帰ってきたロイは自分を待っていたらし
い二人に、顔を上げ何の用かと目線で尋ねる。
「俺は報告書」
ひらひらと書類袋を翳すエドに、ヒューズは自分も届け物だと返す。
それらを受け取り、ロイの元へと運んできたハボックが少し腰を屈め
低い声で囁いた。
「…大佐…俺今まで二人と会話してたんスけど…この前…言ってたの
本当だったんスね?」
「この前?」
「中佐の前髪がネジだって事っスよ」
何をバカなと顔を上げたロイは、ハボックの真剣な目付きを見て口を
噤んだ。
「…軍に入るときに改造されたのは俺だけかと悩んでいたんで 安心
しました」
「…改造?」
「そうっスよ」
言いながら特徴有る奔放に跳ねた前髪に手を掛けたハボックは、その
ままそれを掴み…外した。

「…ハ…ハ…ハボ……」
 前髪を外したハボックは、刈上げたような髪型でそれなりに精悍な体
付きに似合っているが、問題はそこではない。
外した前髪の場所には金属穴があり、小さな歯車やネジの埋め込み口
が覗いていた。
目を見開いて硬直しているロイに、ハボックはにっこりと続けた。
「でも大佐のネジはわかりづらいっスね…どこに有るんスか?」
「え…な……どこ……って…」
「俺 てっきり改造されるのは国家錬金術師だけかと思ってたぜー
中佐や少尉も改造されてるんなら そうじゃないんだな」
ロイを見ながら首を傾げるエドワードは、触覚のように跳ねた前髪の
一部を掴み引っ張れば、それは容易に抜けその先に小さなネジ孔が
残った。
「おーお前さんの頃になると 随分ネジ孔は小さく改良されてるんだな
俺らの頃はまだゼンマイ孔が大きくて困ったぜ…なあロイ?」
 額前に垂れた前髪をくるくる回すヒューズに、ロイの硬直は深まる
ばかりだ。

「………ちょっと……考え事があるので…部屋に篭もらせてもらう」
ふらふらと覚束ない足つきで、ロイが個人執務室へ姿を隠すや否や
盛大に吹き出したのはエドだった。
「ブハッ…ハハハハハハッああ笑い押さえんの苦しかった…!あっ…
あれっ…ぜってぇ 大佐本気にしてる!」
「お前さんのおかげで それらしくできたからなあ」
エドの引っこ抜いた前髪の固まりを突付くヒューズが、考えついた案
はこうだった。
 金のカツラを買ってきて、エドワードがネジ孔と装着部分に分けて
それぞれの前髪部分に似せて錬成を行い、身に付けロイの前で尤も
らしくそれを外すというもの。
普段であれば疑り深いロイであったが、目前で三人に前髪を外されて
しまっては、驚愕で思考も止まってしまったのだろう。

「前に中佐が 大佐が陰険なだけな奴じゃないって言ってたの今ので
納得したよ あの顔っ…!」
喋りながらまた笑い出したエドは、机を叩いて腹を抱えた。
「だろ? アイツはああ見えて可愛いトコ多いぜ」

「…こういう反応を見越して  大将をまきこんだんスか?」
片目を瞑ってエドへとにこやかに返すヒューズに、ハボックはこっそ
り耳打ちをする。
「ロイに向けられる悪感情を 減らせるなら減らしとくに越した事ねえ
からな」
さらりと表情を変えずに返すヒューズは、さすが策士だ。

 その後一週間ほど、会う人全員の前髪を凝視するロイの姿を間近で
楽しめたのはハボック一人だが、真実がバレた時に盛大なヤツ当たり
を受けたのも、無論ハボック一人だったのは言うまでもない。

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我ながら馬鹿馬鹿しいと思った4コマの続きはもっと莫迦話になりました