言語の使用法・番外

「俺が居ない時に 楽しい事態になったんだって?いやー見たかった
丁寧語で謙虚なロイってのも」
 ニヤリと笑ったヒューズの言葉に、紅茶を吹き出したロイは何故
こいつが知っている=お前がばらしたかの眼力で、斜め前に立つ
ハボックを睨みつけるが、当人は濡れ衣だと慌てて首を振る。

 以前、夢か現か状態のロイの傍で、うかつにもハボックが「言葉遣い
を改めてくれないだろうか」と呟いたせいで起きた騒動は、まだ記憶に
新しいが、妙なファンができたりだとかのゴタゴタもあって、緘口令を
布いた筈であって、その時出張に出ていたヒューズは知っているはず
がない。

「ブレダが口を滑らせる筈がないし…中尉だって……」
「おいおい迷惑をかけられた上 お前さんが自分の腹心の部下を疑っ
ちゃ こいつ達が可哀想ってもんだろ」
わざとタチの悪さを窺わせる笑みを刻んだヒューズに、ロイは追求を
諦め小さく息を吐いた。

 階級差を考えれば、自分の方が地位が上では有る。
だがそれはロイが錬金術師であるがため、スタート地点が異なって
いたからの現状であり、飛び越えた階級だけを並べるならば 己より
勢い良く出世をしている親友は、いまだ計り知れない所がありそこが
頼りになる点ではあるのだが、下手に触れると、地雷を踏みかねない
との賢明な知恵者としての判断だ。

「お前はその場にいたら面白がっただろうが …部下達の評価は最悪
だったんだ しかも『寒い空気が凍るからやめてくれ』と訴えられても
私には今でも実感がないしどうしようもできない …仮に同じことを
ハボックがやり返してきても……」
 多分、語尾を逃がしたロイの言葉に続くのは『面白いではないか』
であると推測されるが、迂闊にツッコみを入れれば興味心旺盛なこの
上司が何を企むか知れないと、部下一同は皆聞こえぬフリだ。

「あー…じゃあリザちゃんが ものすごーーーく可愛らしくニコッと微笑
んで『大佐ぁ 書類をきちんと処理してくれないと困っちゃうですぅ〜』
とか言ってきたらどうよ?」
 その場に居ない副官を使った、ヒューズの例えを聞いた室内は静ま
りかえるが疑問を投げかけられた当人は、首を傾げる程度だ。
「それは確かに少し驚くかもしれんが…可愛らしいじゃないか」
「…そうくるか じゃあフュリー曹長がいきなり俺様べらんめえ口調
になったらどうだ?」
「えっ!?ぼ、僕ですか」
いきなり話題をフラれた当人は、巻き込まれまいと逸らしていた顔を
ついロイのほうに向けてしまい、目線が合って固まっている。
「……楽しいし、和む」
「うん 俺も想像したら同じ感想になったから今のナシ」
さらりと言い出した当人からも話題として交わされたのは、普通であれ
ば自分は興味を向けられる存在ではないのかと些か落ち込みそうな
行為だが、この場合当人にとって幸いでしかなく、フュリーは安心した
様子で書類に向かい直った。

「じゃあこれだ なあスイート…俺がお前に、こんな風に語りかけて
きたらどう思うかい?」
 剣呑な笑いを形どった唇で、語りかけてきたヒューズをロイは常と
何が違うのかという顔付きで見直した。

「おいおい 相変わらずハニーは鈍いな俺が愛しの妻子以外にこんな
甘い言葉を使ってやるのは初めてなんだぜ…ああその やっと気づい
たという顔もキュートだよ」
「うっうわっ!き…き…気色悪いっ頭に何か湧いたかヒューズ!?」
「なんて想像通りの素直な反応をしてくれるんだ 可愛い仔猫ちゃん
俺の想像以上に愛らしい」
「ヒュヒュ…ヒューズッ!落ち着け!!!うわっやめろ聞きたくないっ」
「そんな必死な様子で耳を塞ぐだなんて 素直なベイビーみたいな
反応男心を掻き立てるよ その少し拗ねたような口元も震える様子も
俺の庇護欲を……ブハッもう駄目だっ 限界っ!わはははっロイお前
本気で鳥肌立ててるだろ」

 クックックと腹部を押さえて、笑いを堪えようとするヒューズの姿に
ようやくからかわれたのだと、気付いたロイが睨みつける。
「顔 紅いぜロイ…びっくりしたか?」
「当たり前だっ あの状況で混乱しない方がおかしいだろう!?」
「まあつまり今のお前が騒動に巻き込まれた部下の心境ってヤツだ
解りやすく実感させてやったまでだ」
「………納得した ありがたくはないが……一応礼は言ってやる」
「ローイちゃん それはお礼を言う態度じゃねえぞ?…きちんとお礼も
言えないようなハニーには またこうやって語りかけてやろうか」
「うわっ!やめろっ言えばいいんだろう言えばっ!わざわざ得にも
ならん行動 すまないなっ」

 微妙に漫才じみている上役二人のやり取りを聞いていた、他の者達
から賞賛の声が上がる。
「すげぇっ!俺らが幾ら説明しても『私が謙虚な性格になる?何を
言っているのだね私ほど謙虚で自分を弁えている者はいないぞ』とか
『荒くれた口調になる…普段私には威厳が足りないなどと陰口を叩く
ヤツがいるのだから 丁度良いではないか』って大佐 全っ然俺らの
言ってること解ってくれなかったのに!」
「あー流石ですね 俺も中佐の頭脳活用法見習いたいですわ」
「本当ですね 微妙なイヤさ加減を見事に表現されておりました」

「…お前ら……」
「ホラむくれるんじゃない マイスイートハート可愛いお顔が台無し
じゃないか」
「ええいっ 気持ち悪い!放せ馬鹿者っ」
 一斉に親友へと叫ぶ部下達の賛辞を、苦々しげに見詰めるロイ。
その頭を掌でかいぐるように撫で回すヒューズが指先をちょいと曲げ
ハボックを脇へと招いた。
「何スか?」
「コイツは一見捩れてるようだけど コツさえわかりゃ物凄く理解
しやすいから…俺が居ない所では宜しくな」
「言われんでも一応上司として 尊敬してなくもないんで御心配なく」
「ちょっと待てハボックなんだその表現は 素直に憧れの上司だと
言ったらどうかね」
「いやっス 嘘はつけません」
 不服を返すロイに、しらっと空とぼけるハボックの少し拗ねた声。

「…ロイもロイだが…お前さんも判りやすいな」
多少不躾にも取れるハボックの反発も、受け流す余裕を持つヒューズ
は一人、席に戻って笑い顔だ。

――自分達の上役は一般的に英雄とも呼ばれる、大層な評価持ち
だが…その親友という立場のこの人は、ある意味でもっと凄いのかも
しれない。
周囲の無言の視線を一身に浴びているヒューズは、その注目を気に
留める様子もなくぬるくなったコーヒーを、何故か小指を立てて啜っ
ていた。
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Rさ様にお話にたまに出てくるヒューズが好きのお言葉を頂いてそういえば
最近ヒューズ書いてないやと書きたくなって今更ながら番外編