花粉症の効能

くしゅんと可愛らしいくしゃみをした委員長が、ポケットティッシュを
取り出し鼻を押さえた。
「風邪引いたん 大丈夫?」
蜜柑の問い掛けが終わるとほぼ同時、今度は委員長の広報にいた
流架も追うようにくしゃみをした。
「あれ 流架ぴょんも風邪?」
「違うよ蜜柑ちゃん 多分花粉症が出てきたんだと思う ここの所
暖かかったから」
 委員長の言葉にこくりと頷く流架も、同様らしい。

「あー…大変やなあ…うちが元々住んでた所なんかは 花粉症になる
子っておらへんかったから 初めて見たわ」
「いなかったの?」
 驚いた声を出す委員長と、無言であっても僅かに目を瞠った流架の
反応からすると、それは珍しいことであったらしい。
それを普通と捉えていた蜜柑にとってはカルチャーショックで、同じ
場所に住んでいたことにある蛍を見れば「そうね今時では珍しいわ」
と端的に返された。

「蜜柑ちゃんの住んでいたところは土がまだ多かったからね 道路
とか畑とかアスファルトの方が珍しかったぐらいだし」
いつのまにか姿を現していた鳴海が、屈み込んで蜜柑を見てにっこり
と説明を始める。鳴海は蜜柑の祖父との面談をする為、蜜柑の育った
土地へ出向いたことがあるのだと思い出した蜜柑は、鳴海を見上げて
首を傾げた。
「…土?土が多いと花粉症にならないん??」
「ならないとは言わないけれど、アスファルトだと地面に落ちた花粉
が風が吹くとまた舞い散ってしまうのに対し 土だと吸着してくれる
からねアレルゲンとなる花粉の量が飛躍的に少なくなるんだよ」
「…ふ〜ん…そうなんやぁ」
 曖昧な蜜柑の返事は鳴海の言うことがあまり理解できなかったから
なのだが、委員長達が納得した顔をしているのに、一人それを言い
だせず、とりあえず田舎は花粉症になりにくいのだと理解することに
しておいた。

「センセ達の頃にも花粉症ってあったん?」
 先生達の頃というのは現在も生きて目の前にいる人間に対して、か
なりな言葉不足であるが先生達の「子供の」頃であろうと判断した
鳴海はそのまま話を進める。
「うん 僕はだいぶ症状薄れたけどね 中等部の頃なんて結構ひどか
ったかな」
「どうやって治したんですか!?」
 目をキラキラと気体に輝かせる委員長の質問に、鳴海の眉尻は少し
下げられ困った顔になった。

「あー…役に立てる情報じゃなくて申し訳ないんだけど… 僕が花粉
症になるとねどうもアリスがコントロールできなくなっちゃって…」
「それって……」
「うんフェロモン壮大に放出しまくり」
「…怖い……」
 顔を背けポソリと呟いた流架の言葉は、その場に居た者全員の心の
声の代弁だ。
「そうなんだよね 潤んだ目でフェロモンを出しちゃうから効果相乗
しちゃったらしくて…立てば『下僕にしてください』って土下座され
歩けば『その足を汚したくありません ささっ私の背中に乗ってくだ
さい』って跪かれて 地面に座れば『そのような汚れた場所に座るん
だったら俺の上着を敷いてくれ!』って差し出されて……」
「うわぁ………」

 ただチヤホヤされるというのならば、人間としてそう悪い気分には
ならないだろうが度を越せば、それもうんざりでしかなかろう。
むしろそこまで行けば、日常生活の障りでしかない。
「で、さすがにそれでは授業も生活も学園全体ままならなくなるって
学園全体総力を挙げて ありとあらゆる薬やアリスでの治療…を試し
ての結果だからどれが効いたのか自分でも解らなくってさ」

 ニッコリ涼しげに笑う鳴海だが、そのアリスを知っている者達には
笑うに笑えない昔話だ。

「すっごーーいセンセェ 全校生徒メロメロにしたん!?」
一人無邪気に感嘆する蜜柑は『もし今 鳴海先生が同じ状態になった
らジンジンも蛍も棗も殿もメロメロになるんやろうなあ』という恐ろ
しい想像図が脳裏で広げられているのだが、幸い誰もその思考を読む
ものはその場にいなかった。