【ハボロイ】 花火とこれからと


ドォッと、腹腔に響く思い空砲が鳴れば、それが開始の合図だ。
幾つもならんだ、短めの柱からいっせいに火花が舞い、鼓膜への重厚な音と同時大輪の華が夜空に咲く。

鼓膜も騒音に慣れ、痺れにも似た何かがなくなった頃、ロイは隣の男に「美しいな」と呟いた。
耳が慣れたといっても、このにぎやかな中では、けっして聞き取れるはずもない。

だがハボックは、「そうっスね」と聞き返すこともなく、さらりと答えた。

あちらに行きましょうという代わりに、ハボックが司令部の屋上を指差した。
もちろん夜間に鍵は閉められ、立ち入り禁止区域だが、ロイならどうにかできることを、二人とも知っている。
仕方がない奴だとばかりに、肩を竦めたがロイもこの人ごみよりは、落ち着いて二人で花火を眺めたかった。

司令部内は二十四時間勤務体制であるので、歩いていれば誰かしらに出会う。
だが平和になった今、少しぐらいのお目こぼしはあって、本日勤務のものも多くは窓際で、この供宴を楽しんでいるようだ。
こっそり幾つかの机に、酒やビールの缶が転がっているのはさすがに片付けておけと、ハボックが助言をすれば、慌てて振り返ったもの達は照れくさそうに笑い、
さらにはその背後のロイを認めて大慌てで酒を隠した。

「私は非番中だ …今は何も見ておらん」
ロイがそういえば、ヒュゥと小さな口笛が吹かれ、楽しげにみな笑い出す。
その光景を後ろに、二人は屋上へと向かった。

金柵にもたれかかりながら、ハボックが
「綺麗スね」といつも通りの表情で述べた。
「ああ、そうだな」
そう返すロイの顔も、普段とそう変わらない。

だが今こうして、二人並んで花火を見れるという事は、信じられない僥倖なのだ。

一度は失ったと思った、視界の光。
一度は失いかけた、子飼いの部下。
そのどちらもが、今、揃って自分のもとにある。

「なあハボック 今年はこうして好天に恵まれたが去年までの花火大会で、雨天中止となった場合花火はどうなるか知っているか」
「……来年に持ち越すとか、どっかに売るとか?」
「残念ながらそうではない バラしてそのまま単なる火薬としての再利用になるのだ」
花火という形態をなくした火薬は、そのまま軍事にも利用が可能だ。
今年打ち上げられなかった花火は、模擬戦用なり実験用なり軍部でリサイクルされるが、雨に濡れてしまった場合は、それすらされず処分するとロイは言った。

「一年がかりで花火職人さんは作ってるんスよね?それは切ねぇなあ」
「そうだな、私が大総統になったあかつきには、花火の再利用は別の日に打ち上げるとして、軍部に収めることとでもするか」
「ロイ・マスタング生誕祭でもやらかすつもりっスか」
少しからかうようにハボックが笑えば、部下のお前たちにも恩恵を分けてやろうとロイは告げた。

「赤の花火は私のためだが、他の花火はお前たちに譲ってやる そうだな…さしずめお前は黄色い花火で、ジャン・ハボック生誕祭だ」
「謹んで辞退します」
「つまらん奴め」

口端を上げているロイは、だが今年からは違うだろうなと続けた。

「そうっスね」
と頷くハボックも説明されずとも、わかっているのだろう。
もう軍事目的に再利用されるよりは、市民の娯楽の為に花火は純粋にリサイクルされると。

空を見上げたままのロイとハボックの手が、偶然触れた。
そのまま絡まされた指は、まるで鞣した皮のように厚い皮膚をしていた。
軍人であっても、そうそうにできる箇所でない場所にある潰れた肉刺痕は、ハボックの死に物狂いのリハビリの影響だろう。

この、武骨な指先が愛おしいと、ロイは思った。
空を見上げたままでいるロイの目の前に、ハボックの顔が近づく。
こら花火が見えんぞと抗議するより先に、重ねられた唇からするりと舌がもぐり、ロイのそれを舐め取った。
イタズラめいた口接けは、すぐに離れた。

「あいかわらず、お前の舌は苦い」
「そういえば先日新聞で見たんスけど、非喫煙者は喫煙者のキスを苦く感じて、喫煙者は非喫煙者のキスを甘く感じるのだとか」
どうりで大佐……じゃないや少将とのキスは、甘いと思ったと、ハボックは楽しそうに指先でロイの唇をなぞった。

ドォンッ…!

たった今打ち上げられた大輪の花火は、メインの催しの一つだ。
花火を、男同士二人で見る。それだけを聞けば日常的な、風景の一つだ。

だが今、こうしてこの男とならんで、こうしてこの光景が見れるのは奇跡なのだと、ロイはもう一度思う。
「来年も またこうして見たいっスね」
まるで自分の考えを読んだように、ハボックはロイの耳朶近くで低く囁く。

そうだなと答える代わりに、ぎゅっと手をもう一度握れば、ハボックの手は一度ほどかれ、そのまま強い力でロイの腰を抱き寄せた。

ドォンッ…!
もう一度続いた、先ほどと色の変わった大輪の花火を、互いの肩に顔を埋めた二人は見ることができずにいたが幸せだった。