言語の使用法(ハボ)
かなり以前丁寧語のロイを書いたなあを思い出してハボ編で

にこにこと上機嫌なロイとは対照的に、室内の空気はとてつもなく重い。
「どうしたんだね みな、態度がおかしいぞ?」
「…おかしいのは俺らじゃないと思いますが」
ボソリと反論したブレダに泣き声混じりのフュリーが「そうですよぅ」と
同意をした。

「…まあ…多少の違和感はあるかもしれんが… これぞ部下というべき正し
き態度では無いか なあハボック?」
「私にはわかりかねます」
後ろ脇を振り返り、問いかけるロイへの返答はそっけないものだが、ロイは
それでも満足なように頷いている。
「どうだ聞いたか今の答え方! 素晴らしいではないか」
「普通なら素晴らしくても 気持ち悪いが俺らの正直な感想です」
ブレダの言葉にこくこくと頷き、同意を示すファルマンやフュリーを見た
ロイは、不満げだ。

「大変だったんだからな こっそり寝室に忍び込んで睡眠学習や催眠にかか
るよう繰り返し隙を狙って……」
「その根性を仕事に向けてくださいよ…中尉からもなにか言ってください」
要は半睡眠状態のハボックに、ロイは色々仕掛けて『部下としての正しい言
葉遣い』や『真面目な勤務態度』を取るよう繰り返し囁きかけてそれを実現
させたらしい。

タバコを咥えずロイを敬礼しながら待ち構えていたり、襟元をきっちりして
書類整頓に励むハボックを見た同僚や部下たちは、当初のからかいを過ぎる
とどうにも落ち着かなくなり、ロイに色々と訴えかけた。

一人動じずにいたホークアイは、書類を整え涼しい顔だ。
「大佐がプライベートタイムに行ったことなら干渉するつもりはないし…
ハボック少尉は実力に対し 態度や言葉遣いで評価を低くされてしまうこと
もあるから これはこれで本人に損は無いと思うけど?」
「ありがとうございます お言葉に恥じぬよう精進いたします」
作り笑いとも取れるハボックの表情は、基本の顔立ちが端整であるため、そ
れなりに決まっている。

「…こんなハボック少尉…かっこいいけどいやです〜」
「言葉使いや背を伸ばした姿勢などで ずいぶん違って見える物ですね」
「…大佐、早く飽きてくれねぇかなあ…」

嘆いていた部下たちの予想よりずっと早く、ロイが白旗をあげたのは四日後
だった。

「いいか!私は視察で…夕刻まで不在だ!!」
個人執務室の扉後ろから、顔だけ覗かせ左右を見廻すロイに人の悪げな笑み
を浮かべたブレダが「無理ですよ」と扉の死角になっている壁を指差した。
「大佐の本日のご予定に 視察はございません」
「…なぜお前が私のスケジュールを知っている」
「今朝方 総務によって確認してまいりました では大佐が書類処理をされ
ている間 私は後ろで控えさせていただきます」
「いらんっ 用も無いのに図体のでかいのが直立不動で後ろにいると鬱陶し
いんだ!第一お前だって仕事が……」
「私の方の仕事は 親切な同僚や部下が手分けをして済ませてくれました
ですから気兼ねなく大佐を身近で護衛して居れます」
「か、仮眠の時間はサボりじゃないのにずっと寝台横から離れないしっ」
「大佐殿が無防備にされているのではと 心配でなりませんので」
「少し息抜きをしていたら 肩に担いで連れ帰ろうとするなんて職務越権だ
…し…しかもお前途中から前で抱えて…どれだけ注目を浴びたか…」
「大佐殿が暴れるのを危険と判断し 前抱きとさせて頂きました」


「大佐ァ〜真面目に仕事に励む部下へその言葉はひどいですよ」
大真面目な顔で二人のやり取りに割って入るブレダは、あきらかに今の状況
を面白がっている。
「そ…そうですよ!ハボック少尉が一生懸命大佐から離れませんのに!」
「その通りですな」

援護射撃に続く部下たちの言い分に、司令官殿は完全にヘソを曲げたらしく
乱暴にドアを閉じようとするが、それより早くハボックの長い脚が部屋内へ
と割り込んだ。
「お一人での仕事は色々差障りがございますので お手伝いいたします」
「…いらんっ!」
「そうですか それでは中尉殿に本日の書類を終わらせるまで決して休憩を
取らぬよう申し付かっておりますので僭越ながら見張りをさせて頂きます」
「…中尉より私の方がえらいんだからな……」
「かしこまりました ではその旨を中尉にお伝えしてお断りして参ります」
「うわっ うそだ言うな!黙ってろ!!」
「かしこまりました」

「……お前たち……」
無言で何とかしろと訴えるロイを、胡散臭いさわやかな笑顔で撃退する同性
の部下達。今のままでもと率直に返すだろうクールビューティは、ロイにとって
幸いなことに不在だった。
「……ハボックの催眠を解くから……しばらく静かにしていてくれ……」

ぱたりと閉じた扉奥に姿を消したロイとハボックを見て、最初に忍び笑いを
もらしたのはフュリーだった。
「よく…やりますよね…」
「ええ ハボック少尉も意識すれば ああいった行動ができるのかと驚きで
した」
「まあ…催眠術なんかにかかるような かわいい性格じゃねえとは思ってた
けどな… まさか大佐をからかう為に何日も敬語遣いができるとは俺も思っ
てなかったわ」

ロイが不在時に、本当に催眠術に支配されているのかと恐る恐るブレダが尋ね
てみれば、かえってきたのは「ンな訳ねえじゃん 大佐の反応が面白いから
ノってるだけだよ」というあっさりとした否定だったのを思い出し、ブレダが苦笑
した。

「…ずっとああしていれば査定もあがるし…少尉への上の評価も随分変わる
んじゃありませんか?」
小首を傾げるフュリーに、ブレダがひらひらと掌を舞わせた。
「大佐以外の評価は別にどうでもいいんだと アイツは」

「…大佐の愛情表現がズレてると思うことはよくありますが…ハボック少尉
も結構…アレですよね…」
「本性出してもじゃれてるとしか認識されてねえから、ストレス溜まってるんだろ
まあまた大佐の行動に困ったことがあったら、催眠術がぶりかえしたフリをして
もらおうぜ」

ブレダに合意した他二人は、一般的な見識として『素直な性質』であったが
やはりマスタング組と称されるだけあって,一筋縄ではいかない。

ハボックのウソは、今後も秘密に守られそうだった。