微妙な味


あと三十分もすれば、大佐も中尉も帰ってくるから少し待ってて
くれと、報告書を持ってきたエルリック兄弟を大佐個人執務室の
来客ソファに案内し、東方名物不味いコーヒーを出してやる。
別に意地悪をするつもりではなく、普段から俺らが飲んでるもの
だから我慢してくれと顔をしかめながら啜るエドワードに告げれば、
ふと思い出したようにエドは顔を上げた。

「なあ 大佐って料理下手なの?」
正直は美徳だと言うが、大将の場合のこのストレートな聞き方は
単なる性格だろう。
横に居る弟のアルフォンスは、無礼なまでの率直な尋ね方に慌てて
兄を小さく咎めているが、当人は疑問を追及したかっただけの質問
だったらしく、何が悪いとふんぞり返っている。

「あー…まあ、なんというか……微妙」
俺の苦笑した表情を見たエドワードが、それだよそれと勢いよく
こちらを指差し、ソファから身を乗り出した。
「その微妙って表現がわかんねぇ メシって美味いか不味いかじゃん
微妙っての変じゃねえ?」
「誰が言ってたんだ?大佐のメシが微妙だって」
どうやら自分で食べたわけでないらしいエドは、この味の表現の
され方が気になったのだろう。
「んーと…確か大佐と少尉が二人で巡回に行ってたとき 昼飯が
遅れたとかでブレダ少尉が冷えたランチボックス開けてたんだよ
…んで、何を食ってたのかは分かんねえけど『大佐の手料理みたい
な味だな』って表現してて」
「兄さんはそこで『不味いのか』ってそのまま聞いたんだよね」
「そうそう それでそん時返された返事が『微妙』…だった」
兄を諌めていた弟も、気になっていたらしく会話に加わってこちら
を伺い見た。

その時の様子が、脳裏に浮かんだらしいアルは不味いって顔じゃ
なかったけど……なんか本当に微妙、って顔してたと続ける。
「あー…そうだなぁ…不味くはない …ただ…まあ話の流れで解る
だろうが美味くもない」
「だからそれが理解できねえんだって」
「例えばだな…カリカリに揚げたフライドポテト こんなのは塩を
振るだけで美味いだろ?だけど大佐はそこで もうひと手間かけて
胡椒や揚げ物に合うハーブを混ぜてスパイスをわざわざ作る」
「…それが不味いのか?」
「いいや スパイス自体はちゃんと計算されてて美味いんだ ただ
ブレンドした物をかけようとして……タイミングよく蓋が外れて全部
かかっちゃいました……みたいな味?」
「あー……確かに……味は悪くなさそう……だな」
「あとは…炊いたご飯の水分が多くて途中からリゾットにしようと
しましたが その後鍋に冷凍しといたスープストックを大幅に足し
て…出来上がったのは主食の筈なのに、これってご飯物というより
具が米のスープじゃねえ?…みたいな料理だとか」
「……微妙だな」
「微妙なんだ」
「大佐は自分の料理がそう評価されてるって知ってるのか?」
「知ってると思うぜ 自分で自分の作ったメシ喰わねえで他人に
押し付けるし、たまーに美味く完成させるともう鼻高々で 俺に
食わせに来るもん」

その自慢げな表情と、目をキラキラさせた顔がかっわいいんだよな
と思わず続けたら、口を歪めたエドが「…納得」と小さく呟いた。
「ん?何がだ」
その嫌そうな表情が、納得してスッキリしたというものとは正反対
だったので俺が尋ね返す。

「普通 料理が苦手な奴ってあんま作りたがらねえんだよ 食べ物
無駄にしてるって自覚あるから」
「あー…でも大佐の作ったのは無駄にならねえよ?だって俺が全部
喰うし」
「だから納得なんだよ 大佐が料理やめねえの少尉がなんのかんの
言いつつも全部片付けてやるからだろ」

ビシッと指を突きつけられて、…なるほど納得だ。
「まあ…不味いわけじゃないし食べ物無駄にするのは俺嫌いだし」
「じゃあ聞くけど 同じ料理をブレダ少尉やフュリー曹長が作って
差し出してきたら全部食うか?」
「半分ぐらいは頑張るかな…残りは…誰かに押し付ける」
「だろ? だから今度大佐が野外補給訓練かなんかで自分が作る
とかいった場合 少尉が食わなきゃいいんだよ」
「…んー…でもなぁ…指に絆創膏貼って ムキになって芋の皮剥き
とかしてる姿も微笑ましいし……」

「帰ったぞ」
カツカツとまっすぐに軍靴音を響かせた人物は、その部屋の主で
ある為ノックはせず、そのまま扉を開けた。
エルリック兄弟の姿を目にした大佐は「来ていたのか」とそこで
足を停める。

「なにやらハボックが考え込んでいるようだが…鋼の 少尉に何か
言ったのかね」
「言ったけどよ…原因は俺じゃねえよ 大佐だよ」
「私?」
「そーだよ 大佐料理苦手なんだろ?なんでメシを自分で作ろうと
するのか解んねえって……えーっと通りすがりの誰かが言ってた」

最後の誰かは、身近な人ではないというエドワードなりの思いやり
で加えた言葉なのだろうが…正直どこか、ズレている。
大佐と大将のこの少し一般人から離れた感覚は、俺からは理解しが
たいのだけれど、まあそれはそれで通じ合うのだろうと大佐を見上
げれば、そこにあったのは不快顔でなく微笑だった。

「簡単な答だよ鋼の ハボック少尉は実に美味しそうに私の料理を
食べるからな…ああいう顔をされては…作りたくなってしまうでは
ないか」

「大佐……俺のためだったんスか……」
無理して上手いっスと振り絞った生焼け魚の思い出や、大佐の傷
だらけになった指先や、焦げて始末が大変だった鍋さえも今の大佐
の言葉のおかげで、記憶の中で光り輝く。
微妙な味がなんだ!料理は愛情って言うじゃないか…こんな素晴ら
しい気持ちを込められて渡されたら、俺はいつだって完食してみせ
ようともっ!

「…『ため』っていうかさ…少尉の『せい』…の間違いだよな」
「でも兄さん 二人は幸せそうだからいいんじゃない?」
見詰め合って面映げにしている俺達から、エルリック兄弟はなぜか
小声でそっと遠ざかっていたかと思うと、扉外へとダッシュし姿を
消す寸前振り返った。
「ラブラブのきしょい大佐なんか見たくねぇから また一時間後に
来るわ じゃっ!」

謎の挨拶をして、部屋を出て行った大将とアルフォンスだが後で
またというので、抛って置いても大丈夫だろう。
ならばと俺は、存分にこの嬉しさを行動で大佐に伝えることにした。

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焔の錬金術師でハボが「微妙な味」と表現したロイの料理が気になってのお話(笑)
微妙ってどんな味じゃと思っていたのですが、先日美味しいのに超しょっぱいフライドポテト
を食べた時にああこういう味かな…とその場で盛り上がっての妄想話でした(「きっと揚げ物
はハボが危険だからやらせなくて せめて味付けだけでも…ってロイが頑張るんだよね」
「そうそう、でも塩の蓋が緩んでドバッとかかっちゃうの」みたいな)

ハボは呼吸を確かめようとして、ロイに殴られた直後ぐらいでまだ互いに自覚はなしです