猫耳とヴァンパイア

控室を出た途端、目に入ったのは黒の布。
…何かしらこれはとキョーコが考えるより先に、その後ろから
マリアが顔を覗かせた。
「お姉さま これはどうかしら?」
 よく見ると、マリアが手にしていたのはただの
黒布ではなく、ファンタジーの世界で魔女が身に付けている
衣裳に似ていた。微妙に異なるのは、胸元の切れ込みと
腿の辺りのスリットが、深い所か。

「…マリアちゃんが着るには、ちょっと大人っぽすぎないかな」
「やだ これお姉さまの衣裳よ」
「…え?」
「…ハロウィーンパーティーですって」
 少々疲れた声で、少し離れた個所に立っていたモーコが告げた。
この様子からして、何とか参加を逃げようと奮闘したのだが
…ローリィに敵わずといった事情だろう。

「…ちょっと…この服は…」
 ボンキュボンッなシルエットを強調したそのドレスは、
スレンダーといえば聞こえはいいが肉付きに多少のコンプレックスを
持つキョーコには、ハードルが高い。
「…モーコさんの方が似合いそう」
「…私!?」
「私が美緒モードで着るっていうのも可能かもしれないけど…
パーティーにそんな人、いて欲しくないじゃない?」
…魔女スタイルの美緒様…正直無敵で恐い。

「もう1種類 服は用意してありますわ」
 にこやかにマリアが差し出したのは、ふわふわの
フェイクファーで出来たミニワンピースだった。
 明るいオレンジに近い茶色と、白の縞模様。
「で、こちらが小道具ですわ」
 ワンピースと同模様の猫耳とネコ尻尾と猫足ブーツ。
「可愛い〜 ねぇモーコさんはどっちがいい?」
元々、ファンタジーやおとぎ噺を愛するキョーコは
瞳をきらきらと、衣裳を見比べる。
 猫耳と魔女のコスプレ、天秤にかけたモーコが力なく黒服ドレスを指差す。
 少なくともそちらなら、尖った帽子や
意匠の凝らされたステッキを隠せば、ドレスとして通る。

「メイクさん達も呼んでありますから」
 パンッと軽く手を打ったマリアの後ろに、
化粧道具一色を完備したメイクアップアーティストが
2名、にっこり笑っていた。

「ここで着ていくの!?」
「地下の駐車場から直行で我が家への車を
待機させてますの …放送局内からなら多少の服装は…」
 モーコの叫びに返された、顔を逸らし僅かに淀んだ笑いは、
子供であるマリアにふさわしいものでなかった。
 常に…何と言うかゴージャスで
異国な趣味を愛する、異空間な服装の祖父とともにいるのを
知っているモーコには、それ以上主張ができなくなった。

「…うわーモーコさん 似合う〜私…はどうかな?」
「ん? 可愛いと思うわよ」
 社交辞令など面倒だと思っているモーコの言葉は率直だ。
確かにキョーコのオレンジの髪に、トラネコ模様の
ミニワンピは良く似合っていた。
 ぴょこぴょこと動く尻尾も、人目を惹く愛らしさで本心でそう思える。

「さ 行きましょ」
にこにことキョーコの手を取り、駐車場へと誘うマリア。
 妖艶な魔女モーコ&可愛いネコ娘キョーコ&ゴスロリマリアは
周囲の視線を独占していたが、芸能界に生きる者として
スルースキルは備えており、ものともせず進む。

「あ きたきたキョーコちゃん」
呼びかけの主を視線で探せば、にこやかに手を振る社がいた。
 その横の長身は、いうまでもなく蓮。

「うわ キョーコちゃん似あってるねぇ」
 …なごやかに言える社が羨ましい。
 短いスカートに猫耳、猫脚ブーツというキョーコにツボを打ち抜かれていた蓮は、
それでも無表情に軽く頷くという形だけで同意した。
「…お二人も社長の家へ?」
「うん スケジュールが迫ってるから
どうなるかと思ったんだけど 何とかなりそうだから
で 社長に電話したら今迎えが来てるから一緒に乗って来いって
言われてね…マリアちゃん いいかな?」
「勿論です!」
 社の言葉に、蓮様好き好き大好き愛してるを臆する事無く
公言しているマリアが否の筈がない。

 広いリムジンは、運転席を背にしたほうに三席
進行方向に三席と、余裕のあるものだった。
 
 向かい合せに座った蓮とキョーコに微妙な空気が流れているのを
察した社が、本人にだけ聞こえる囁きで、蓮へと問い掛ける。

「るぇ〜ん〜? ちょっと無理して良かったろ〜?」
 うふ〜ふ〜と揶揄かう目付きの社に頷くのも癪だが、事実その通りで。
 こんなかわいい猫耳娘パーティーに参加させたりしたら、
また妙なストーカーが現われるじゃないかとか、
後から伸びる尻尾を腕に絡ませて、キョーコの反応が
どうなるか見たいと思っていた蓮は首を小さく縦に振った。

「…衣裳どうします?」
 付き合いとしがらみで、ちょっと顔を出すだけのつもりだった
蓮は何も用意していない。
「大丈夫!社長に言ってヴァンパイアの服装用意してもらってるから」
 親指を立ててウィンクする社は普段冷静で有能だが、キョーコと蓮の
二人がらみになるとテンションが時折高すぎる。
「俺がヴァンパイアで……社さんは?」
「ハーミット…隠者でフードつきコートだよ」
「…取り替えてくれません?」
 仕事以外の場所で、話題になったり目立ったりを嫌う蓮が持ちかけるも
「天下の敦賀蓮がフードで顔隠したりしちゃ勿体無いよ!
きっと蓮なら似合うよ〜吸血鬼 エロスな感じで」

…最後になにやら凄い事を言われた気もするが、あえて聞き流す。

 実際、ヴァンパイアの衣裳を身につけた蓮は
夜の帝王に近い、凄まじいまでのフェロモンを垂れ流しで。
 茶色の仔猫ちゃんに近づこうとする人間を男女問わず
誑かしまくり、…一層、夜の帝王バージョンな蓮をキョーコに
警戒させてしまうのだが、そのデメリットに気付いていなかった。
************************
パーティーな仲良しメンバーを想像