暖かな日常


「ちわーっ」
明るく弾けるような声で、裏口から顔を出したのは
米屋の看板娘であった。

 礼儀正しい彼女は、きちんと「こんにちは」と
言っているのだが、元気さが溢れ末尾の「ちわーっ」という
部分が強調されてしまい、体育会系のような
挨拶となってしまっている。

「配達です 今日は二袋で良いんですよね?」
指定の場所に、どっさりと下された音は聞くだけで重そうだ。

 蕎麦屋の主人である親父が、頼もしげにうんうんと
頷いている様子が、厨房へと続く廊下にいる俺にも想像できた。

「今日も配達は杏ちゃんかい いつも偉いねぇ」
「偉くなんてないですよ できる事やってるだけだし」

 そこで、にっこり笑ってそう返せるのは
充分偉いだろう。俺だって、同世代の中では家に
貢献してるほうだと自負しているけど、あいつのように
母親業まで二束わらじなんてとても無理だ。

「お、そうだ いいところに来た杏ちゃん
丁度焼きあがったばかりの玉子があるんだ。
味見してくれないかな」

 止めに入る暇も無く、親父はまだ湯気を立てている
玉子焼きが乗った皿を差し出した。
 乗り込むタイミングを逃がした俺は、
何となく入口横の壁に身を隠してしまった。

「えっと… いいんですか?」
「あぁ これは売りモンじゃないんだ」
 箸を取って、つまむ気配。
厨房入口壁横に隠れてる自分には、見えないが
今はきっと、咀嚼中。

 さて 評価は。

「焼きたて食べれるなんて、ラッキーでした
ダシが効いてて、芯の部分はとろっとした半熟で美味しいけど……」
(けど!?)
 末尾についた単語は、一般的に反意語をまねく。
欠点がなにかあったかと、鼓動が微妙に早まった。

 続きを早くと、待ち望む俺の耳に届いたのは
「…キュー これ焼いたのアンタでしょ?」
隠れてるはずの、こちらへの問いかけだった。

「何でわかった?」
渋々と姿を見せた自分に、もう1つとツマミながら
彼女ははにっこりと笑う。
「味は完璧だったよ でも端がちょっと
崩れてるし ほんの少しだけど白身が混ざりきってない所があったから」
「…だいぶ店の形になったと思ったんだがな…」
 
 内心8割ぐらいの出来だと思っていたそれを、
一目で見破られてヘコミながら呟く俺へ、暖かな微笑を
返されてはそれ以上愚痴もこぼせない。

「キューが努力してるのは知ってるよ
お客さんに黙って出したらわからないほどに
上達してるって 大丈夫」

『イバちゃんに大丈夫って言われたら、本気で信じられるね』

通りすがりに、同学年とおぼしき誰か言っていた言葉をふと
思い出し、まったくだと内心で同意する。

努力・根性なんて言葉はかっこいいものじゃないと思っていた。
 でも、『イバちゃんの大丈夫』が保証してくれるなら
もう少し頑張ってみようかと思う。

「今度は更に完成に近いの、作るから」
「楽しみにしてるよ じゃぁね」

そんな会話でわかれた後、振り返ると親父はすまし顔で
全部の会話を聞いていたらしい。

 振り返った頬が赤くなっているのを、気付かれないように
俺は部屋へと猛ダッシュで帰っていった。 


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キューイバ好きです キューの家族がわからないので
父は想像で。原作でまったく違ったタイプのお父上が
でましたら、すみません。