慣れたようないい加減な挨拶をして、いつもの店の奥に入っていくと、
既にスタッフ全員揃っていて、十兵衛は、一番最後の出勤のようだった。

(うむ、いつもなら、ツートップが遅刻してくるのだが、今日はやけに早いな‥‥)
そう不思議に思っていると、店長のミーティングですべての謎は解けた。

「今日は、皆さん、ご存知の方々が初めて来店されます。
この間、慰安旅行で使わせてもらった温泉旅館の女将さんはじめ、
仲居さんたちがおみえになるそうです。
今度は、こちらが接待する番ですから。
この間の御礼を兼ねて、心からもてなして差し上げましょう。
くれぐれも粗相のないように。」

「まぁ、ババーもいたけど、若い子もけっこういたしなぁ。
乳でかい女もいたっけな!」
と、失礼な事を言っているのは、店bPの蛮。

「だ、だめだよ。蛮ちゃん!ババーとか乳とか言っちゃ!」
隣で突っ込みを入れるのは、bQで、蛮の相棒、銀次だ。

「へっ!俺様がそんなヘマするかよ!」

こんな横柄な態度の男が何故不動のbPか、
普段の彼を見ていれば不思議に思う人もいるだろう。、
しかし、営業の時の彼は恐ろしいほど、隙のないパーフェクトな接客をするのである。
いつもなら減らず口をたたく口も、ひとたび愛をささやけば、落ちない女性はほぼ皆無。

「ほんっと蛮ちゃんって、ずるいよね!」
「なら、俺様に勝ってみろ!」
ぷんとほっぺを膨らます銀次の横で、カカカと笑う蛮。
この店のいつもの風物詩を皆が、全くしょうがないなぁ〜といった風に眺めていると、
噂の客が来店したようだった。
店内の雰囲気がイッキに営業モードとなる。

「お待ちしておりました、どうぞ」
鏡のエスコートで、おのおの着飾った女性達が来客する。

もちろん、先頭は、加賀友禅に身を包み、頭をきっちりセットしている女将。
そのあとから、ぞろぞろと、仲居さん達が続く。

「わ〜ひさしぶり〜〜たっぷりサービスしちゃうよ!」
「なんや、仲居さんの着物もええけど、洋服もぐっときよりますなぁ〜」
「今日は、この前のお返しにたっぷりサービスしますからね」
それぞれ、指名も決まり、おのおのテーブルについたようだった。
あるものは再会を喜び、あるものは思い出を語らい
夢のようなひと時が始まりを告げる。

ところが、指名されずに、ぽつんとしている男が1人。
筧 十兵衛だ。

(ん〜〜この状況は如何なるものか・・)
何故、自分にだけ指名が入らないのだろう、
と不思議に思っているところへ、店長が歩みよる。

「十兵衛クン。十兵衛クンは、あれだよね。奥さん、連れていっちゃったからね。
はやり、ここは夢を売る仕事だから。
仲居さんも、現実的に、奥さんのいる男性には、あまり興味しめさないのかもね。
いくら、君がかっこよくてもね」

なるほど、そんなものか‥とは納得したものの、
ここに1人座っているのもたいくつなものである。

「じゃ、十兵衛クンさ。美堂くんのヘルプついてくれる?
彼の手腕を勉強するのもいいんじゃないかな。ね?いい機会だし。」
と、にっこり微笑む店長。

「あ、は、はい・・・・・では」
この店長の笑顔、なんだか、さからえないのだ・・・

しぶしぶ店長のあとについていくと、案の定、
美堂蛮の席には、旅館の女将が鎮座していた。

「ヘルプの筧です」
と、店長が紹介して、その場を離れようとする店長に、
女将が声をかける。

「貴方は席については下さらないの?」
すがるような女将に対し、
「私は、もう引退して、経営側にまわった身です」
失礼します、と丁寧に頭を下げ、彼は去っていってしまった。

「もう、つれない方ね・・・・」
女将は、ひとつ深いため息をつき、名残惜しげに去ってゆく
鏡の背中を見送ったあと、十兵衛に眼をやった。

「あ、あら、あなたは、奥様同伴でいらした方ね」
さすがに女将、人の顔もばっちり記憶しているらしい。しかも、ほぼ男性陣の中
女性のように見える花月を伴っていればなおさら目立っていたようだ。

(やはり、こういう客商売は、そういう恋人の影がチラつくのは、
マイナスイメージなのだろうか・・・)
そう思いつつも、深々と頭を下げ、十兵衛は、蛮の座っている反対側の席についた。

タバコを取り出した女将の口元に、火をついたライターを持った蛮の長い指が伸びる。

「あら、貴方は・・・・」
記憶に絶対の自信の持つ女将も、思い出せない様子で、小首をかしげている。

「こんなに綺麗な方、忘れるわけないと思うのだけど‥
貴方もうちの旅館にいらしてたかしら?」

「これなら、思い出して頂けますか?」
蛮が愛用の自前の丸い形状のサングラスをかけた。

「あ!あら!!貴方は!あの晩、
散々うちの旅館の物を壊しまくってくれた方!!」

酔ってへべれけになった蛮は、自分の通る道、目に入るものを、
さながらヒーローものに登場する怪獣のように破壊しまくった。
客商売といえど、ここまでひどい客は前代未聞だと、追い出されそうになったまさにその時、
この最悪の事態をあっさり丸く収めたのが店長だという。

聞いた話だが、相当な金額を弁償したとか。
しかも、さらに色をつけて。

(確かにあの晩の美堂のあばれっぷりは、手がつけられなかったな・・)
この場をどう収める?美堂・・・・・

「あの時は、大変失礼いたしました。
あまりにあの旅館が素晴らしく居心地がよかったので、つい気が緩んでしまったのでしょう。
しかし、破壊王と異名をとるこの俺でも破壊できなかったものがあります。」

「あら、何かしら?」
女将は表情にこそ出さないが、あまり関心なさげなようだ。

「それは・・・貴女の旅館と、従業員を愛する心です。
本当ならば、ここまで旅館に迷惑をかけた
俺をもてなす気には到底なれないでしょう。
しかし、次ぎの日、俺が帰るときも、けして態度を変えることなく、暖かく送り出してくれました。
普段からの教育がなければ、こうはいかないでしょう。
俺は、貴女の誠意と真心と貴女を信頼している
仲居の皆様方に心から敬服し、尊敬の念を抱きました。」

そう言って、美堂は蒼い瞳で真っ直ぐに女将を直視した後、優雅に頭を垂れた。

「まぁ、そう言っていただけると・・・おほほほ」
ドイツとのクォーターの美堂蛮。サファイヤブルーの瞳で見つめられた上に、
経営者としてこの上ない賛辞をされ、女将の機嫌もすこぶる良くなったようだ。

さらに、女将との間をつめ、美堂はささやくように耳元でこう言った。
「もう、ひとつだけ、壊せなかったものがあります。それは、
これからも、俺がどう頑張っても破壊することなど出来ないでしょう。」

「あら?なにかしら?」
先程の謝罪の弁と、美堂蛮の接近で気を良くした女将も耳を欹てる。

「俺がけっして永遠に壊せないもの‥それは貴女の美しさだ‥」
「ま、まぁ・・・・・・」

なんたる鮮やかな逆転劇。
もう旅館の女将は美堂の手中に落ちたといっても過言ではないだろう。
隣にいる十兵衛には、まったく目もくれず、女将は美堂の瞳に吸い付いたように離れない。

(まさか、これも計算なのか!?)
十兵衛はおそるおそる振り返って店長を見ると、
鏡はいつものようににっこり微笑み、十兵衛にウィンクをした。
生涯において、この鏡のウィンクほど、ぞっとしたウィンクを十兵衛は知らない。

結局、すっかりいい気分で帰っていった旅館の女将と従業員。
かなりな金額を落としていったようだ。
もちろん、リピーターとして、また来店することを約束して。


家路につくまでの帰り道、十兵衛は、今日のことを思い返していた。
今、思えば、新幹線ではなく、バスでいけるような
近場の温泉旅館にしたのも、旅館を貸しきったのも‥‥

(美堂が酒を飲んで暴れて旅館のものを破壊するのを見越して、
他の客へ迷惑がかからぬよう貸切に??
高額の弁償金も、客として定着してもらえれば、けして高いものではない・・・・)

すべては、鏡の計算だったのだろうか・・・・
空恐ろしい男だ・・・

もう春も半ばだというのに、身震いして十兵衛は、家路を急いだ。

家に着くと、寝ててもよいと言っているのに、鍵を開ける音で、
パタパタと走ってくる花月の足音が聞こえる。

十兵衛にとって、一番ほっとする瞬間だ。
よし、ここは、ひとつ、美堂を見習って、甘い台詞でも吐いてみよう。

「お帰りなさい!」
嬉しそうな花月の身体を抱き寄せ、お帰りのキス。

「君がいつも、こうやって、俺の帰りを待ってくれていることに敬服する。
貴様の笑顔が一番、美しい!」
きょとんとする花月。
ど、どうだ?決まったか?
期待を膨らませ、花月の言葉を待つ。
が−花月から出た言葉は

「‥‥大丈夫?十兵衛、なんか悪いものでも食べた?熱でもある?」
で、あった・・・・
本気で心配する花月を尻目に、とことん自分には
ホストには向いてないことを痛感する十兵衛なのであった。


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蛮ちゃんかっこいいいいいいい ふーかさんの描かれる
髪下ろしバージョンの蛮ちゃん、素敵過ぎでドキドキですが
更にこんな台詞を吐かれた日にゃメロメロになりますわ。
ヘタれな十兵衛もかわういですv