十兵衛のおかげで、変な視線に晒される事は無かったが
のんびり温泉というにはほど遠かったなぁと苦笑する花月の前に
現われたのは、何やらのチケットを持った銀次だった。

 「カヅっちゃん〜 一緒に温泉は駄目だったけど、
これなら良いよね!?」
 銀次が差し出したのは、旅館の近くにある総合スパ設備だった。
 温泉と同じ湯を使ったプールや、足湯、ジェットバスに
箱風呂・蒸し風呂と多々にわたる設備があり、水着を着用
しての癒しスポットとして、マスコミでも話題となっている所である。

 「これは…?」
 「うん!店長が俺と蛮ちゃんで卓球してたら
『元気だね ココへでも行って遊んで来たら』
ってくれたんだ 気前いいよねぇ」
 
 ニコニコと嬉しそうに笑う銀次だが、鏡の
言葉には『…旅館の破壊は、店と違ってフォローしきれないから』
の部分が省略されているのに気付いていない。
 「…それにしても、この旅館に卓球なんてあったんですね」
 「ううん 俺と蛮ちゃんが持参したんだ」
 「…なるほど」
 「あ、十兵衛の分のチケットもあるよ」
ていのいいやっかい払いであろうが、弁償費を考えれば
スパの入場費など微々たるものであろう。

 「十兵衛… ここなら水着着用だから気にせずゆっくりできるし…
 面白そうだから行きたいな …だめ?」
 
チケットを握ってスパへのお出かけをせがみ、
こくびを傾げる花月に否が出せようか。

 「構わんぞ ただ俺はそういう場所は性にあわん
 二人で遊んでくるといい」
 「…いいの?」
 「あぁ」
 ゆったりと微笑を浮かべ頷く十兵衛に、輝く笑顔が返る。
 「じゃぁ 行ってくるね! 行こっ銀次さん」
 「十兵衛…一緒に行かなくていいの?券はまだあるのに」
 「あぁ たまには ゆっくりしたいしな 花月を頼む」
 「うん 変なムシは近づけないから 安心して!」

 チケットを出した二人は、 普通に入場するつもりであったが
プラチナチケットであったとかで、特別な個室へと通された。
 設備されたロッカーに着替え、現金の代わりになるIC込みの
 リストバンドが用意されており、店長の奥の深さにまた
驚かされる。

「カヅっちゃーん!俺着替えたから外で待ってるよ〜」
着替えるというより、脱ぎ捨てる感覚で水着になった銀次は
手を振って外へ出て行った。

「……これ…女モノ…だよね…」
 花月のロッカーに入っていた水着はパレオ付きの黒い水着。
着ようと思えば着れる。
 だが、何も尋ねられることなく用意されたコレは
施設側の気遣いなのか、店長の思惑なのかしばし悩む羽目になるのであった。


その頃の十兵衛。
「水着着用でスパゲティを食べるとは、変わった施設もあるものだ…」

ロビーで新聞を読みながら、渋茶を啜る十兵衛の独り言に、
周囲は内心揃って「そんな施設 ねぇよっ!」とツッコミを入れたが
大人な面々は誰も口に出さずにいたので、十兵衛の勘違いは
今だ訂正されていない。

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卓球といえば、アニメの温泉編の無敵な夏実ちゃんが
思い出されます。高級旅館に卓球台はないよなぁと、
蛮銀の二人は、ラケット+ボール持参
座卓に座布団を重ね、卓球台にしたという無茶な設定で
卓球をやっていたので、 店長からストップが入りました(笑)