ささやかな無理

 「…参ったな」
 気取られるつもりはなかったし、嘘の微笑みも
得意だと認識していたのだけれど、やっぱり
長年の付き合いの岬先生は騙せなかったか。

 隙間から覗いた一部で、淀み始めた皮膚に
目敏く気付かれ、これはなんだと詰め寄られた。
「イヤン えっち」
 軽くかわして過ごそうと画策したけれど、無理した
作り笑いも見抜かれちゃったか。
…困ったな、死ぬ覚悟はしてたのに、他人にその重荷を
負わせぬような言い訳は、考えていなかったよ。
 
 安静時の服装に、手袋の不自然さは隠せないけれど
ナルシストのナルの渾名で呼ばれる自分の、
日頃の服飾趣味や言動で、大抵の相手なら韜晦できたのに。


 柚香先輩に懐いていて、レオともよくつるんでいた
自分が、学園側から蝙蝠的要注意人物として
目を付けられてる自覚はあった。
 そこで、おそらく柚香先輩の娘と推測される蜜柑ちゃんを
擁護することで、一層当たりがキツくなっている事も。
 親の顔も知らず、育ててくれた人とも理不尽に
別れたというのに、まっすぐで健やかなあの娘が、
笑っていてくれるのは嬉しかった。
 
 自分ができることで、生徒たちを守れるのなら
精一杯がんばってみようと思っていた気持ちに嘘はないし。
 ちょっと自分が頑張れる範囲を越えてしまった
みたいだけれど…
 それでも、自分が盾になりあの娘を守れるなら、この皮膚が
黒く変色し腐れ爛れていっても耐えられるから。

 だから、そんな顔をしないで岬先生。
ごめんね本当は、誰にも気付かれない予定だったのに。
 悪趣味なこのアリスは、ぎりぎりまで
顔や首にまで侵食してこず、最期まで隠せると思っていたんだ。

 あなたが知れば、止め様がないのか奔走するでしょう?
そんなことで、岬先生まで学園に目を付けられて欲しくない。
…だから、黙り通しておくつもりだったのに。

「無駄だよ これは盗みのアリスでしか癒せないんだ」
 にっこり微笑んで、下手に動かぬよう釘を刺しておく。

 このまま倒れても、自分の行動に悔いはないけれど。
 手出しができず、学園の陰謀で自分を死なせたと、
岬先生が思い悩まずいてくれますように。

 生徒たちを相手するように、守る行動はしなかったし
それどころか 構って欲しくてからかってばかりいたけれど、
…貴方の幸せを願う心も本当だから。
 
  見舞いに来てくれた岬先生を、送り出した直後に気力が尽きた。
 …視界がブラックアウト。――暗転。

 明日の朝は目覚められるのかな。
 重い秘密ごと、押し付けちゃって本当にゴメン。
自分が選んだ道で、後悔していないとそれだけは真実だから。

 薄れてゆく意識で、脳裏に浮かんだのは
心配そうな顔で、部屋を出て行った岬先生だった。

「ここで倒れちゃ 最期に会ったのが自分だったって
岬先生 …自分を責めちゃうよね」
 くすりと笑えた自分に、まだそんな力があったのかと
驚いたけど…これも一種の愛の力? 
 そう告げたら、心底嫌そうな顔をされるであろうと想像に難くない。
 
久しぶりの安らかな眠りは、心地好かった。
 …明日も目覚められますように。
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今週本誌のお見舞い岬→ナルでのナル独白っぽく 本編で解決してくれたので安心して
アップ…書いたのはかなり前だったのですが、どう進むか怖くてなかなか上げられませんでした