その日、十兵衛は、抱えきれないほどの紙袋を持って帰ってきた。
手提げ袋、9個ぶん。
中には、例の甘い茶色の物体が山ほど。

「途中で捨てちゃだめだからね。店長命令」
大きな紙袋がおのおのに差し出された。

「わあああぃ。いただきまふ〜〜ん」
もらったそばから、もりもり開けて食べていた銀次以外は全員
かなりな紙袋の数となる。

なぜ、店長は、途中で捨ててはいけないと言ったのか。
以前、歌舞伎町のゴミ捨て場にチョコが捨てられていたのをお客が見つけ、
大問題になったことがある。
腐っても夢を売る商売なのだ。
タイプは違えど、コンセプトはあのねずみの国と同じ。

「あ〜〜!!俺のチョコ少ない!!蛮ちゃんずるいよ!そんなにもらって!」
「バカ、お前、食ったじゃね〜かよ!」
もらって大喜びしている蛮と銀次を尻目に、十兵衛は、浮かない顔だ。

そんな十兵衛に、
「うほほ、今日はなんか嵐の予感でっか?」
奇抜なサングラスをとれば、なかなか男前の笑師が背後から追い討ちをかける。

「・・・・・・・・・」
答える気力もなく、膝がぶつかって歩きにくいことこの上ない紙袋を持参して、
十兵衛は帰宅。

「ただいま・・・・・」

「おかえ・・・り」
「り」のあたりで、花月の視線がふっと下へ向かう。

「随分とたくさんもらってきたんだね」
商売柄、分かってることとはいえ、花月の心境は複雑。

それでも、思い切り節分と勘違いされたとはいえ、手作りチョコは、
誰よりも先に確実に十兵衛の口に入った。

(一緒に住んでいる特権だ。僕が一番乗りなんだから!)
そういう自負が花月にはある。

が、しかし、やはり、どんなものをもらったのか、気にならないわけはない。
そんな花月の気持ちを知ってか知らずか、十兵衛は

「明日にでも、全部捨てよう」
と、言う。

「え!捨てるの?もったいないよ!」

捨ててしまうことに賛同すると思ったのに、批判的な花月に多少驚きつつ、
「だが・・・・・・俺は、甘いものはあまり・・・」
と、口を濁す。

「じゃあ、僕が食べる・・・・」
思わず、口から飛び出た意外な花月の言葉。
十兵衛は「おう、そうしてくれ」と笑みを浮かべ、よしよしこれで万事解決とばかり、
上機嫌で風呂場へ向かってしまった。

クマの十兵衛を抱っこしながら、狭い部屋に幅をとって鎮座するチョコの山をみていると少し憂鬱だ。

「まだ、市販のチョコならいいけど、手作りってなんかちょっと嫌だな・・心がこもっていそうで・・」
そうつぶやくと花月は、紙袋の中を覗き込んだ。

チョコに添えられて手紙も入っているものもある。
さすがに黙って読むのは、モラルに反するだろう。
有名チョコレート菓子店の包装紙に添えられてあるカードをぼ〜っと見つめていると、
カラスの行水の十兵衛がお風呂から出てきた。

「十兵衛・・・・お手紙くらいは読んだほうがいいんじゃない?
ほら、その・・・営業にも差し支えるし・・・」
本当は手紙など、読んでほしくないくせに、意に反して口から出るのは、こんな言葉。

「いや、捨ててよい。どうせ、客の顔と名前など一致しない」

飄々と悪びれもせず、言い放つ十兵衛に苦笑する。

(こんなんでよく接客業やってられるよね・・)
十兵衛の場合は、この朴訥さ加減が逆に大ウケなのだが・・・
いわゆる全く計算のない天然ツンデレ。
1・2度通っただけで、客の顔など覚えるわけもなく、それでも、何度か通ううちに、
こいつは見たことあるなぁ、という認識に変わってくる。
「あたし、覚えてもらっちゃった!」
客にとっては、これがたまらなく快感ならしい。



次ぎの日
出勤する十兵衛に渡される1枚の紙。

「これは・・?」

「うん、いちお、手作りチョコと、そうでないのを分けて、手作りのやつだけ感想書いておいたから。
あ、でも内容は読んでないからね!!」

見ると、チョコを作った女性の名前と、チョコの感想などがびっしり書いてある。
結局、これを作成するのに、チョコに添えられていた手紙やカードを見てしまったのであるが・・
「見た」だけで、「読んで」はいない。
さすがにそれは咎められたから・・・・

「美味しかった?って聞かれたら、そのメモこっそり見るといいよ」
と、にっこり微笑んで十兵衛を送り出す花月。

「あ。。。。。あぁ、ありがとう」
なんとなく、花月の眼が笑っていなかった気もするがと思いながら、十兵衛はマンションのエレベーターを降りた。
それにしても、手作りかそうでないか、見分けがつくことがすごいと、十兵衛は感心する。

「チョコなぞ、みんな同じにしか見えんがなぁ・・・手作りか手作りではないかなど、
そんなに重要なことなのだろうか・・・・
わからんなぁ。なぜ、こんな茶色の物体に皆一喜一憂するのであろう・・」

お菓子メーカーの策略にまんまと乗せられている風潮もどうかと思いつつ、
なんとなく足取り重く、いつもの場所へ向かう十兵衛であった。


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海外旅行直前に、昼メロアップのメールを下さった
ふーかさんのお心遣い、ありがたいばかりですが
旅行という大行事の前に、プレッシャーお疲れです(^^;)


いただきまふ〜〜んな銀次を想像すると、めっちゃ可愛いです!
…ところで、蛮ちゃんは甘いものあまり得意そうじゃない印象ですが、
やはり カロリー補給の為にはチョコ大歓迎なのでしょうか。

天然ツンデレの命名は笑いましたが、実は同じ人に3度
「始めまして」と挨拶してしまった事ある無礼かつ、阿呆な自分は身に沁みます。
(以降、100%始めましての相手以外は「いつもお世話になっております」と
ご挨拶するようにしました…)