「よし、段々、写真も揃ってきたねー」
切れ長の眼がデジカメの画像をみて半月を描く。

彼の名は、鏡形而。
しかし、本当の名前も、彼の素性も知るものはいない。

裏新宿のホストクラブのオーナーとして名を馳せる彼は、財界に太いパイプラインがある、だとか。
マフィアと繋がっている、だとか。
勝手な噂が絶えない。
商売柄、それもあながち嘘ではないのだが・・・・

黒い噂が取り巻く彼は、意外にも、潔白であった。
一ホストとして、その美貌と話術でbPになったのは、周知の事実であるが。
副業として、ジュエリーデザイナーとしても、活躍していた。

まず、宝石が最大限に美しさを放つカットを緻密に計算し、そのカットにあわせてデザイン画を製作。
時には、不思議な幾何学模様だったり、また立体的にデザインすることによって
光の屈折がより美しく反射するようなデザインだったり。
彼のジュエリーを着けてみると、日本人の肌の色に映え、
一度つけた者は、他のブランドのものに眼がいかなくなってしまうという。

夜の帝王であり、煌びやかな世界にも精通する姿は、彼をより一層ミステリアスなものにしていた。

そんな彼を羨望のまなざしで見、慕うものは少なくない。
純粋に彼に憧れを抱くもの。彼のように自分もなりたいと願うもの。

そして、側で、あわよくばその地位を脅かそうと付けねらうもの。

-観察-

一読すると、まるで小学校の夏休みの宿題のような二文字。
それを趣味(悪趣味ともいう)としている彼のとって、相手を観察するということは、
身を守る行為のひとつなのかもしれない。

「いつ、寝首をかかれるか、わからないもんね」
「クス。それにしても、昨日の美堂くんの顔ったら、傑作だね」

昨日の収穫の中の1枚。
客の横柄な態度に切れた蛮が、マイセンの花瓶を割る。

「この、右のコメカミあたりの青筋ったらさいこー!
こういうリアルな表情がたまらないんだよね。
美堂くんには、ずっと働いてほしいからね。わざと高い花瓶、近くに置いちゃった」

確信犯だ。
bP・bQを争う美堂・銀次には、稼いでも稼いでも、借金が増えていく。

「だって、美堂くんも、銀次くんも、笑師くんも、筧くんも、見てて飽きないんだよね〜」
楽しそうに1枚1枚、昨日の収穫を見る。

「ん〜〜〜〜〜〜〜。筧くんは、なかなか、いい笑顔が撮れないな。
普段、油断してるときは、いい顔するんだけどなぁ。
カメラ向けた途端、強張るんだもの・・・」

ホスト達のブロマイド写真を撮っていたのだが、十兵衛の写真は難航していた。


テーブルや椅子やソファーなど、一流の調度品が揃っている部屋には、生活観が全くなかった。
一度も使用された形跡のないキッチン。いちお、食器などは、揃ってはいるらしかったが・・・
高級マンションの最上階から地下の駐車場に降りると、跳ね馬のデザインされたキーを取り出す。

真っ赤なフェラーリ。

駐車場に響き渡るブォオオンという嘶き、そして赤い跳ね馬は走り出した。

もう薄暗くなりかけているというのに、この街のネオンはやたら明るい。
信号待ちをする鏡の前をスクランブルで真っ直ぐにも斜めにも行き交う人、人、人。
欲望の街。裏新宿。
あわよくば、ここで、富と名声を築こうとするもの。
手っ取り早く稼ぎたいもの。
兎角、ホストなんて職業を生業とする奴が、どんな理由があるにせよ、純粋に
人と接して楽しみたいなどと綺麗事をいうわけがない。

「世の中、金さ・・・・・
 嫌いじゃないよ、俺は、こういうの。正直で」

誰に聞かせるわけでもなく、そうつぶやくと彼は、
ご自慢の超高性能のデジカメで一枚パシャリと喧騒の街を激写した。


一方、こちらは世の中、お金よりも愛だとほざくであろう若夫婦。

出勤前の夕方の番組で、新しく出来たスイーツの店を紹介していた番組を二人でみていた。
甘いものが好きな花月の眼が輝いていたのを十兵衛は見逃すはずがなかった。
それが意外に、十兵衛の働く店の近くだったため、
出勤前に買って、店の冷蔵庫を使わせてもらっていたのだ。

「今日は、喜ぶぞ!」
仕事を終えると、冷蔵庫から例のものを取り出し、一目散に家路を急ぐ。

すれ違った店長の「お疲れ様」の言葉も聞こえたか知れない。

「やれやれ‥」
苦笑する店長などおかまいなしに、疾風のごとく彼の姿は消えていた。


「ただいま!!」
大好きなくまを抱っこしながら、ソファーでうとうとしていた花月が、
十兵衛の声を聞きとめ、慌てて玄関を開ける。

「おかえり」
いつもの抱擁。
だが、いつもなら、ぎゅっと抱きしめてくれる腕も、今日は緩めだ。

(あれ?なんでだろう?)
不思議に思う花月の眼の前に燦然とお出ましする、夕方テレビでみたケーキ店の包み紙。

「あ!これ!!」
花月の顔がぱぁぁ〜っといっそう輝く。

「わ〜い、十兵衛!大好き!」
どちらからともなく、唇を寄せ合う。
いや、十兵衛にとっては、この瞬間を待ってました!という表現のほうが似つかわしい。

「お紅茶いれるね!ちょっと待っててね!」

花月の鼻歌まじりで上機嫌な様子に十兵衛も大満足だ。

「はい!どうぞ」
近くの雑貨屋で買った安物のカップだが、隣に艶艶した色んなフルーツで
鮮やかに彩られた上に金粉がまぶしてあり、甘美な香りを放っている高級感のあるスイーツがあると、
なんだか安物も立派に見えてくるから不思議だ。

「いただきますw」
ぱくっと、一口、小さめのスプーンが花月の口に放り込まれた。

「ん・・・・んん・・・・・・」
一瞬眼を瞑り、2・3秒間が開いたかと思った瞬間

「お〜〜いし〜〜〜vvv」
ほっぺたに手を当てて、上半身を軽く揺する。

「これ、ほんとに美味しいよ!」

人間、本当に美味しいものを食べるときって、いい表情するんだなぁ・・・
とろけるような笑顔でケーキを頬張る花月の顔をじっと見る。

あ・・・・・デジカメ。
デジカメさえあれば、この瞬間の表情を永久に残しておくことが出来るのだ。

今まで十兵衛は、写真というもの、カメラというものにさほど興味がなかったが、ここに来てはじめて・・・

「て、店長の気持ちが少しだけ理解できた気がする・・・・」
と、つぶやいていた。

「店長さん?なんの話?」
きょとんとする花月に、なんでもないんだ、とだけ言って自分もケーキを一口、食べてみた。

「うっ・・・あま・・・・」
さすがにスイーツという名を持つだけあって、甘い!

あまり、食のすすまない十兵衛に、花月は
「あんまり美味しくない?」と、不安げに問いかけた。

「俺は、このケーキより、お前が以前俺のために作ってくれたケーキのほうが、
俺好みの甘さに加減してくれていて、そっちのほうが美味かったぞ」

けして、お世辞をいう人ではないことを花月はよく知っている。
有名店より、お前の作ったもののほうが美味しいと言われ、なんだか、複雑な、くすぐったいような気分だ。

その顔がまた絶妙で、十兵衛のデジカメ購買意欲が増す。

(やっぱり今度、デジカメ、買ってみるべきか・・・)

ケーキがあると知って喜んでくれた顔・ケーキを食べているときの表情・花月のケーキのほうが
美味いと言ったときの複雑な顔

今日は3つもシャッターチャンスを逃したなぁ・・・
そう思いながら、真剣に悩む十兵衛であった。

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斜に構えたかがみん 格好よい〜。 鏡の観察って、基本は人間好きなのに
一歩引いたところから眺める防御壁の印象なので、ふーかさんのこのお話
イメージにぴったりでした。
 愛の若夫婦、普段ならきっと100円ケーキですよねとメール返した
自分に貧乏くささが滲んでます(笑)。