夜半は、公園のベンチに腰をかけた。
深く、ひとつため息をつく・・・・・

「花月・・・・」
口をついて出てくるのは、愛しい人の名。
世の中、「かずき」という名前を持つ人はたくさんいるのだろう。
しかし、花と月という美しくも妖しい心惑わされる名を持つ人は、ただ1人。
「唯一無二の僕の兄・・・・」

昼間の明るい空に、青を同化して、まるで身を隠すかのようなか細い月に花月の面影を映す。
顔をあげた夜半の眼に飛び込んできたもの。
「黒髪で長髪!もしや!」

慌てて長髪の彼の姿を追う。
(花月・・花月なの?)
ようやく追いついて、肩に手をかける。

振り返ったその顔には、奇妙なピンク色のサングラスがかかっていた。
「なんや、あんさん、どなたはん?」
(また・・・・人違いだ)
しかも、こんな変な関西弁の男と、花月を間違うなんて!

夜半は落胆した。
がっくりと肩を落とす夜半の顔をサングラスの男が覗きこむ。

「なんや、あんさん、世の中の不幸を全部背負ってるような顔しとりまんな〜。
あかん!!あかんで!青年!
あんた、わいが思いつかんような、悲しい目におうとるかもしれへんけどな、
辛いときこそ、笑わな!あかん!
よっしゃ!この天才芸人がわらかしたろ!!
そこ、座り!」

さぁさぁと、サングラスの男は、
夜半をベンチへと(ほぼ無理やり、夜半の意志を無視して)座らせた。
「いくで!青年、わいの生き様ようみとき〜!!」

ふとんがふっとんだ〜
猫がねころんだ〜〜〜

ネタは彼の往年(?)のギャグ。
夜半は、ふとんがふっとんでどこが面白いのだろう
猫がねころぶのは当たり前ではないかと、
いまいち、彼のいう笑いが理解できなかったが、
見ず知らずの人に一生懸命になっている男の優しさだけは感じ取れた。

犬がいぬ!象がいるぞう!

意味のわからないことを連発しては、身体をくねくねと動かす奇妙な行動がひたすら続くだけだったが、
それでも、何か愉快な気分になっていく自分を感じた。
「クス」
「おおおおおおわあああああああああああああ!!
笑ろた!今、笑ろたな!!
やった〜〜〜〜〜、流石、わいって天才〜!!」

けして、ギャグで笑ったわけではないのだが、この男の大袈裟な喜びようをみたら、
そういうことにしておいてやっても、まぁいいだろうと思えるのだった。
奇妙な感情だ。

「あんさん!むっつりしてるより、笑ったほうがかわいいで!
ほな!」
驚くような、臭い台詞をはいて、上機嫌でそのピンクのグラサン男は、満足気に公園を出ていった。

夜半は、その男の背中を見つめる。
見返りを求めず、自分の持っているものを与える。
無償の愛。
こういう男を自分は知っている。

筧・・十兵衛。
奴は、いまごろ、兄とともにいるのだろう・・・
ただ、ひたすらに兄に思慕の念を抱き。

それが、兄にとっても一番幸せなことだと、心のどこかで分かっていたとしても・・・
「それでも、諦められないんだ・・・・」
夜半のつぶやきは、公園の脇を走る道路を通った、緑色のスバルのエンジン音にかき消された。

一方のピンクのグラサン男。
また、人を笑わせたと上機嫌であるが
「はて・・・あの青年、誰かに似ていたような・・・・
誰だっけな・・・ん〜〜〜〜〜〜〜〜」

しばらく、考えてはみたものの
「思いだせん!思いだせんちゅ〜ことは、思いださんでええってことや!」
うん、と手を叩き、そのままフラフラと歩き出す。

彼の名は、笑師春樹。花月とも十兵衛とも、もちろん面識がある。
夜半が花月を追って、ここに来ていることはもちろん知らない。
もし、笑師が花月を思い出し、それを夜半に伝えてしまったとしたら、
とんでもない事になるところであった。
彼の忘れやすい楽天的な性格がここで役に立ったのは、これ幸いである。

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夜半が出てくると、どうしても私ですと暗め展開になりますが和みました〜。
やはり笑師はイイ男ですよね♪髪を下した笑師のイラストも新鮮ですが、
他人のために、一生懸命なボケが、心に染みます。

ところで、
「思いだせん!思いだせんちゅ〜ことは、思いださんでええってことや」←この台詞
まさに自分が昨日使用したばかりなので、デジャヴュで笑いました。