ひどい目にあったと、ぐったりしてソファーに腰掛けていると、ふと視線を感じる。
視線の先に目をやってみて、花月は驚嘆の声を上げた。

「俊樹じゃないか!どうしてここへ?」

「そ、それは俺の台詞だ・・・・」
どんよりとした黒い雲を背負いながら、花月を見つめる俊樹。

「あ・・・・違うんだ!これは誤解なんだ!」

声を荒げるその姿は、妊娠しちゃったけど、旦那以外の男とも付き合ってた女性が
総合病院でうっかり鉢合わせしてしまい、
慌てて取り繕ってる・・とも、とられてしまいそうな光景だった。
それでなくとも、嫌でも目立つ二人の容姿。

花月は周囲の視線を痛いほど感じ、いたたまれずに、俊樹の手をとって歩き出した。

「場所を変えよう」

久しぶりに感じる花月の手のぬくもり。
ただ、それだけで幸せを感じ、うっかり本題を忘れそうになってしまう。

(いかんいかん、ちゃんと問いたださないと・・)

「ここでいいかな?」
「あぁ・・・」

食堂の脇にある休憩所のパイプ椅子に腰掛ける。

「なんか飲む?自販機で買ってくるけど」
「あぁ〜じゃ、珈琲」
「俊樹もブラックだったよね」
「そうだ」
「了解」

俊樹も・・・
(も、か・・・・そういえば、筧もブラックだったな)

「はい」
差し出された缶コーヒー。
もう片方の手には、カフェオレの缶が握られている。

「お前は、甘党だったな」
「うん、よく覚えてくれてるね」

(当たり前だ!俺が花月の好みを忘れるはずなどない)
そう言いたかった衝動を押さえ、雨流俊樹は、プルタブをあけ、
ブラックの珈琲を一気に咽喉に流し込んだ。

そして、ひとつ大きく息をすると、話を切り出した。
そう、一番、聞きたかった事。
いや、聞かねばならぬ事。

「お前、妊娠でも・・・したのか?」

「バカ言わないで!僕は、男だよ!」

「分かっているが、じゃあ、なんであそこに・・・」

「だから!誤解だって言ってるだろ!」
花月のほっぺがぷぅと膨れる。

花月は、とんでもなく怒っている様子だったが、こういう痴話喧嘩も久しぶりだ。
顔を紅くして怒っている花月ですら、可愛らしく愛しく思う。
その反面、きちんと説明聞くまでは、納得ができない自分もいる。

「あのね!僕は、風邪なの!で、受付の人がなにか手違いで、
何故か、産婦人科に行かされてしまったの!」

俊樹は、事の一部始終を聞いた。
花月も、全部包み隠さず話さないと、一向に納得してくれなさそうな俊樹のために必死のようだった。

「わかった?」
「・・・・・あ、あぁ。すまん」

「は〜〜〜やっと分かってくれた・・・」
花月はほっとした様子で、残りのカフェオレを飲み込んだ。

「髪、切ったんだな・・・」
「変?」
「いや、よく似合うよ。その‥かわいいよ」

男が男を褒めるのに、どうかと思う形容詞だが、そのせいで風邪引いちゃったんだけどね、
と少し舌をみせて笑う花月の笑顔は、まさにその形容詞そのままだった。

その笑顔で、どんよりと俊樹を覆いつくしていた黒雲は、どこかへ吹き飛んだようだ。

それもつかの間、花月の質問で状況は一変する。

「で、俊樹はなんで病院へ?」

「うっ」
花月会いたさに鬱病になったなど、格好悪くて言えるはずもない。

(どうする、雨流俊樹!なんて答える!)

あ〜でもない、こ〜でもないと考えて、しかし、あまり間があくと不信に思われる。

咄嗟に出た言葉が
「実は、ちょっと痔でな・・・・」

「あ、そう・・なの・・」
聞いた花月も都合が悪そうだ。

「そ、そうなんだ、座ってるのもちょっと痛いよね。ごめんね、じゃあ、またね」

そう言って、俊樹の太陽は手を振って眼の前からいなくなってしまった・
どうしてもっと違う答えが言えなかったのかと、後悔の嵐が押し寄せ、折角の再会が、
最悪になってしまい、黒い雲が一層彼の頭上を大きく鎮座したことは言うまでもない・・・
・・


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俊樹 鬱より痔を選びますか!(笑)個人的には

>声を荒げるその姿は、妊娠しちゃったけど、旦那以外の男とも付き合ってた女性が
>総合病院でうっかり鉢合わせしてしまい、
>慌てて取り繕ってる・・とも、とられてしまいそうな光景だった。

の箇所がツボでした。さすが間男役が似合いそうですねvv
(念の為 葉月は俊樹FANです)
気を使って、そそくさと帰ろうとするカヅっちゃんの雰囲気も
良く出ています