その日は、雨が降ったりやんだりの嫌な天気で、
ただでさえ空気の悪い裏新宿を一層沈んだものにしていた。

「やだなぁ、湿気が身体にまとわりついて、気持ち悪い。
早くお買い物して帰らなくっちゃ」

今、一時的に雨は上がっているとはいえ、
上空にはあいかわらず黒いよどんだ雲が鎮座している。

花月の足を駆り立てるのは、この天気のせいばかりではなかった。
つい、この間、実弟である「夜半」をみかけたばかりである。

「見つかっちゃったらやばいし・・・・」

長い自慢の髪を切ったところで、それが眼くらましになるとは思えない。
気休め程度のものだった。

幸い、夕食の買い物を終え、外にでてみると、
また雨がぽつぽつと降り始めていた。

「やった!ラッキーだな。傘をさせば、いくら夜半だって分かりっこないだろう。
外出するときは、いつも雨だったらいいのに」

さっきまでは、嫌だなと思ってた雨が少しだけ好きになる。

ゲンキンな自分を嘲笑しつつ、気分は天気とは違って段々晴れやかになって行った。
この気持ちのまま、早く十兵衛に会いたかった。
そう思うと、一層足早になる。

「あっ!」
急いでいたのと、傘を深くさしていたため、
全くの前方不注意で、何かとぶつかったようだ。
衝撃のショックで、大きく身体がのけぞって行くところを、誰かが腕を引っ張ってくれた。

「大丈夫ですか?お嬢さん」

視界に現れた紳士は、とても品があり、漆黒の髪に深海のブルーの瞳が一層際立ち、
神秘的な不思議な雰囲気を漂わせていた。

「なんか、誰かに似てる・・・」
一瞬花月はそう思ったが、気が動転しているので、
思い出せるはずもなかった。
が、それもつかの間、紳士の側にいる男に罵声を浴び、
一気に現実へとひきもどされる。

「やい、てめぇ。どこみて歩いてやがる!このお方を誰だと思っているんだ!
お前のせいで、カイザー様のスーツが泥で汚れたんだよ!」

ハッと思って、足元を見ると、紳士の真っ白なスーツにドットのように泥が点在している。

「す、すいません!!弁償させてください。」

「バカかお前。お前みたいな奴が弁償できるほど安いものじゃないんだよ!」

ごつい用心棒の男にすごまれたのと、申し訳ないことをしたという罪悪感で、
花月の眼が少しづつ潤んでゆく。

「よさないか。。。連れが失礼をした。
怪我はないか?怯えさせてすまなかったね。」

紳士はそう言うと、側にいた男を車で待機するように支持をしたようだ。
用心棒らしき男は、ちらっと花月を一瞥し、黒塗りのリムジンに消えていった。
怖い男がいなくなって、少し気が楽になったが、粗相をしてしまったことに変わりはない。

「あの、クリーニング代をお支払いします。
べ、弁償は出来ないかもしれません。。」

こんな黒塗りのリムジンに乗ってる人だ。相当なお金持ちだろう。
そんな人が好んで着る服の値段など想像もつかない。
日々の生活がやっとな十兵衛と花月には、法外な金額なのだろう。

(これ以上、お金のことで、十兵衛に負担かけたくない)

「大丈夫だよ。貴方に怪我がないようでよかった。
衣服ならいくらでも変えようがある。だが、命は代えの利かないものだ。
こんな狭い道をこんな大きな車で走行していた、こちらにも非がある。
もっと、違う道を通るよう心掛けよう。
それにしても、とても急いでいたようだが、君みたいな子がこんな物騒なところにいるなんて、
何かわけありか?」

「あ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

押し黙る花月に、紳士は名刺を差し出した。

「デル・・・カイザー・・・・?」

「困ったことがあったら、いつでも連絡したまえ。君の力になろう。では。」

「あ!あの!」
たいした侘びも出来ず、情けなく思っていると

「雨の日に、深く傘をさすのもいいが、ちゃんと周囲を確認しなさい。
今日は、車を降りてからぶつかったからいいが、走っている車にぶつからないとも限らない。
君みたいな子が早々に命を落とすなど、実にもったいないことだからね」

そう言って微笑むと、紳士は、車に乗り込んで行ってしまった。
唯一、手に残された名刺一枚。

「デル・カイザー・・・・誰なんだろう・・・・・」

このとき、まだ花月は、彼が裏新宿の世界では皇帝と呼ばれている男で、
十兵衛の働くホストクラブとは、敵対する人物であるということを知らなかった。


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パパ!紳士だよ!!カッコイイよ!!! 花月は流派の若さまという
立場があったので、皆 一歩後ろに控えて見守ってくれてそうですから、
こういうストレートな大人の庇護って経験なさそうですよね。

そして、カヅっちゃんをうるうるさせて三下、スゴイ(笑)
きっと傘でその男からは顔が見えなかったに違いない。
見えてたら、絶対出来ないよな〜。

夜半ちゃんは、「後継ぎ問題」を名目に必死で花月を探してる…
というのが希望。