最強な素直


 静寂の闇の中、障子越しの月明かり。
土方は担いだ沖田を一旦背から下し、敷布団を広げる。

「…ったく、めんどくせぇな。
お前のタチの悪さは、起きてる時だけで充分だぞ」



 大仕事とも言える捕物を終え、無礼講の宴会が開始して3時間。
 ザルを通り越し、ワクとまで呼ばれる酒豪の沖田だが、
やはり限界はあったらしい。
 それまで顔色1つ変えずに手酌(最終的には、ビンから
ラッパ呑みへと進化していたが)で酒を口へと運んでいたその手が、
ピタリと止まった。
 
 宙を睨むような視線で、硬直した沖田の様子に気付く土方。
「…総悟、どうした」
「…ック」
 返ってきたのは、小さなしゃっくり。
訝しく思うより先に、自分のほうへと傾いてきた沖田の体を、
慌てて受けとめる。
「おいっ! どう………寝てるだけかよっ」

 抱きとめた土方の腕を枕代りに、すぅすぅと小さく寝息をたてるさまは
日頃のS王子の異名を持つ男とは思えない、無邪気な絵面だ。

「おっめずらしいな 総悟が潰れたか。
…黙ってこうしてると、本当にかわいいんだがなぁ…」
 覗きこんだ近藤の、苦笑交じりのセリフに
周囲の皆が続く。
「「…起きてるとなぁ…」」

「気持ち良さそうに寝てるな…。トシ、すまんが
ここじゃ風邪をひいてしまうだろう。布団でねかしつけてやって
くれんか」
「…俺が、か?」
「そう嫌な顔をするな。…他に頼めそうな奴、いるか?」

 周囲を見まわすとすでに、大広間は盛り上がりという域を越えて
酔っぱらいの吹き溜まりと化してる。
 腰が抜けてヘロヘロなぐらいのものは、まだいい。
赤フン一丁で駆け巡るもの、どっから取り出してきたのか
金髪のカツラを被り高笑いしてる者…眠っている相手を
預けるには、どいつも危険性が高い。
「そういう自分は、どうなんだ」
「俺か…ふふ、…酔ってはいないがな…
……足が痺れて、立てん」

 その微妙なへたれっぷりも、局長として愛すべき長所だと
は思うが、沖田の始末を押しつけられて事への
小さな報復として、近藤の足を軽く蹴った後
土方が立ち上がった。


「ホラ、布団引いてやったんだ。…酔っぱらいさっさと寝ろ」
「…うぅ〜お…れは… 酔ってませんー…」
 寝かしつけようと引いた沖田の腕は、予想以上に細かった。

(子供の頃から、体格はそれほど変ってないしな
…いや、中身もクソガキのまま変ってないか)
幼い頃の面影を辿り、沖田の顔を見つめる。
 目を閉じたまま、
「…土方さん… 俺はアンタが嫌…いでさァ…」
沖田が呟いた。

 …絡んでくるのは毎度の事だが、重たい思いをして
布団まで運んでやった感謝の言葉がそれかよと、
こめかみを引き攣らせる土方。

「ほほぅ 理由ぐらい言ってみろ」

「…だってアンタ 強いから」

 寝言の入った呟きに、暫し刻が止まる。

「…今じゃ、お前ェの方が局内一の使い手って
呼ばれてるだろうがよ」
「そう…いう…強さじゃ…」
 喋っているうちに、深い眠りへと誘われていったのだろう。
沖田の語尾は、次第に不明瞭になっていき、最後は
聞き取れなかった。

「…起きてる時もタチ悪いが、寝入りも性質悪い。
寝顔もある意味タチ悪い。…最強は…
手前ェだと思うがな」

 日頃、人前では見せない和やかな苦笑交じりの
土方の笑顔。
 健やかに眠る沖田の額に、軽くデコピンをして、
土方は大広間へと返っていった。

 追記:デコピンを記憶していたのか、土方が酔ったとき
報復代りにその額に「肉」と記入した沖田の姿を目にした者が
いるとかいないとか…。