甘いおねだり

すべてが有になり、また全てが現実を離れていった。

心の中にストンと落ちてきたものは、虚無の喪失感。
『もう戦わなくていいのだ』『もう当主でなくともよいのだ』
『もう人を憎まずとも良いのだ』『もう亡くした者への復讐は必要ないのだ』
 心に織り込まれていた負の感情は消え、
かわりに暖かい思いで満たされるようになったけれど、
…一度に消えていった重みが多すぎて、自分がからっぽに
なった錯覚から逃げられない。

「なんだかね、する事がなくなっちゃった」

 今までにおこなってきた仕事のおかげで、蓄えはある。
もう情報をあつめる必要もない。
風鳥院の名を案ずる枷もない。
 全ての達成で、無為に過ごす日々を自嘲する花月へ
十兵衛が優しく向き合う。
 感情表現が烈しいわりに、常の表情があまり動かぬ
十兵衛の笑みは、貴重品だ。

「…ならば、俺たちに甘えてみれば良い」
「え?」
「貴様は、幼い頃から風鳥院の当主として、
無限城へ来てからは、風雅統率者として常に
自我を出さずにいただろう …今は 何をしても
自由だ 誰も咎めん 少し自分を甘やかしてみろ」
「そうだな 筧の言うとおり
…わがままな花月も 俺はいいと思う
風雅からも風鳥院からも外れたのなら
俺たちは年長者だぞ?甘えの一つも言ってみたらどうだ」

 少しからかうように、唇の端を上げた俊樹に
花月の頬がうっすらと染まった。

「わがままって言われても…今更だし…」
「とりあえず若者らしくショッピングにでも
出かけてみないか」
 
 先ほどまで、花月がページを捲っていた
雑誌の特集記事を指し、俊樹が提案した。

 雑誌を手にしたのも、ただ時間を潰すだけの行為。
 内容など覚えていなかったかが、俊樹が指した個所だけは
興味を惹かれていた部分なので、その目聡さに感心をする。

「これが気に入ったのか?」
「…あぁ 花月には似合うだろうな」
 背後から、花月の手元に広げられた雑誌を覗いた
十兵衛を軽く牽制し、俊樹が続けた。
「なら 俺が買ってやろう」

 そのページに載っていたのは「ふあふあのモコモコ」とでも
表現したい、暖かそうなファーマフラーで。
 真っ白のそれを巻いた花月は、想像だけでも
とてつもなく可愛い。

「え!? いいよそんな …あ でもね
これ…売ってるのなら 見には行きたいな」

 30分後に出かけようと、いったん部屋に戻り、開いたクローゼットには、
今までの機能性重視の服がずらり。
(…動きやすいんだけど、こんな肩丸出しの服とか
お臍見えそうな服って……ショッピング用じゃないよね…)

 途方にくれて、扉を開いてる状態のまま
固まっている花月が、時間になってもなかなかやってこないのを
案じた親衛隊二人がみつけ、軽く吹きだす。
 責任感や、重圧から解放された花月は
あまりに無垢で、無防備だ。

 そのまま半拉致状態で、店へと連れ込み
コーディネート一式を、店員へと任せる。
「えっと…何でもいいです」
 自分の趣味を主張せず、飾り立てる価値のある花月に、
あれこれと着せては
本心から賛辞を送る店の者に、困り顔ながらも
花月は楽しんでいるようだ。

「…鼻のあたり、ちょっと邪魔かも…」
 アイテムの一つとして、伊達眼鏡もコーディネート
された花月は、鼻当てを少しずらし
それでも微笑んだ。

「では 次はマフラーだな」
「うんっ!」
 幸せそうに笑う花月に、親衛隊二人も思わず笑みをこぼす。

…次のセリフを聞くまでは。
「三人お揃いでね」
…語尾にハートマークがつくような、弾む花月の声とは
対照に一気に凍る十兵衛と俊樹。
(俺たちが、あのフアフアのモコモコを装着するのかっ!?)
(いや モコモコ以前に 一般生活では男3人がお揃い
マフラーはせんと思うぞっ)
 
 それでも、花月の初めてとも言ってよい
おのれのためだけのワガママに抗せるはずもなく。
3人のお揃いマフラーは、冬での定番アイテムとなるのであった。

 ちなみに、通りすがりの人たちは誰もが
「男三人お揃い」ではなく「イケてる男二人とちょー可愛い女の子一人の
お揃いマフラー …意味深」と
カウントしているのだが、それは知ることもない事実である。

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最終回のお話 俊樹が出てくれて本当に良かった…
 とりあえず、めっちゃ可愛かったお揃いマフラーでの
妄想です。